【第207回】 胸式呼吸

武道では通常、浅い胸式呼吸ではなく、深く息をする腹式呼吸を遣えといわれている。基本的には腹式呼吸が基本になるだろうが、腹式呼吸が身についたら、もう一つの胸式呼吸も遣わない手はないだろう。胸式呼吸にも、腹式呼吸にない大事な働きがあるはずだからである。人の体に不必要なものなどないはずである。

まず、前回の「鳩尾(みぞおち)」で書いたように、胸式呼吸によって鳩尾(みぞおち)が弛むが、それと同時に中丹田が鍛えられることになるようだ。腹式呼吸だけでは、腹腰と下半身は安定して力がみなぎるが、腹腰から上が不安定になりがちである。中丹田がしっかりすれば、下丹田と上丹田と結び付き、体が上中下とひとつに繋がり、一体化して遣えるようになるようだ。

開祖の中丹田の弛みと頑強さは、下丹田と上丹田とをしっかりと結んだ、一分の隙もない姿といえよう。(写真)

武道では腹式呼吸といわれているが、胸式呼吸でも技を掛けることはできるし、胸式呼吸の方がよい場合や、胸式呼吸でしか出来ないこともある。例えば、肩を貫く、鳩尾を弛める、胸を開く、肩甲骨を柔軟に遣うなどは胸式呼吸でないとできないか、またはその方がやりやすいだろう。

腹式呼吸は上下の縦の呼吸であり、胸式呼吸は左右・前後の横の呼吸のようである。従って、横に力を働かせるような、つまり胸や肩甲骨を開いたり閉じたりする動き、例えば、入り身投げで相手の顔面(喉)に肘をぶつけたり、一教で打ち込んでくる相手の手を横に導いたり、四方投げで持たせた手を横に捌くとき、二教で相手の手首をきめるときなどには、胸式呼吸を遣うと腹式呼吸でやるより早く、力強く動けるようである。

沢山食べたり、飲んだりしたときに、腹式呼吸をしたら気持ちが悪くなってしまうものだが、胸式呼吸なら大丈夫である。通常こんな心配はしないだろうが、人に教える立場の人などは、飲んだり食べた後でも教えなければならない場合があるし、パーティで飲んで、酔いを醒まさなければならないこともある。昔の武道家や侍は、飲んでも食べてもいつでも戦えたというのは、胸式呼吸を遣ったからではないかと思う。飲んだ後でも、瞬時に胸式呼吸で酔いを醒ますと同時に、鳩尾を弛め、体をいつでも動かせるようにして戦っていたのではないかと想像する。鳩尾を中心にする胸式呼吸は、研究する必要があるようだ。