【第206回】 鳩尾(みぞおち)

会社の仕事を終えて道場に向かうと、いつも欠伸(あくび)が出るのだが、最近、自分でも驚くほど大きい欠伸が次から次に出てきたので、どうしたのかと考えていた。

最近は地球環境のためにも炭酸ガスの排出を抑制しなければならないのに、このように大きな欠伸をして、沢山の二酸化炭素を出しては地球環境に申し訳ないということもあり、何とかしなければならないと思った。

仕事をすると、疲れる。メールや文章作成などでパソコンを使うので、目も疲れるし、頭も疲れる。肩も凝る。人と話したり、電話をしたりと、神経も使う。

仕事は、合気道の稽古と同様、自分の持てるものを最大限に活用して、出し切るものであるから、仕事が終わるころには、体も神経も疲労することになる。体は硬くなるし、胸が閉じ、背が丸くなり、息が浅くなる。

会社を出て道場に向かうと、歩くにつれて硬直した体と頭がほぐれてくる。そして欠伸が出てくる。道場に近づくころには一番ほぐれるのか、最も大きい欠伸が続けざまに出る。

欠伸と鳩尾(みぞおち)の周辺には関係があるようだ。体や神経が疲労しているとき、鳩尾は硬くなっている。鳩尾が硬いと仕事の能率は上がらないし、稽古をしても体が思うように動かない。鳩尾は柔らかくしておかなければならない。

健康なら、体は自然に最良の状態に戻そうとするようだ。そのひとつが欠伸であろう。欠伸によって鳩尾を柔らかくし、リラックスして体の硬直を直そうというのだろう。

余談になるが、会議や大事な席で欠伸をするのは失礼であり、他の人からヒンシュクを買うことになるわけだが、ヒンシュクを買う理由の説明としては、緊張していなければならない場で、欠伸で自分だけがリラックスしたり、リラックスしようとしているからということで、他人から冷たい目を向けられるのだと、説明できるだろう。

鳩尾を柔らかくすれば、体が柔らかくなり、頭の疲れも取れるとしたら、欠伸を待たなくても、ここを柔らかくしてやればいいことになる。

まず呼吸である。鳩尾は息を吸っても弛んでいて柔らかいし、息を吐いても弛んでいるといわれるし、吸っても吐いても柔らかい方がよいわけだから、大きく呼吸をしながら鳩尾を手先で押し、それが中に潜り込んで行くようにすると、柔らかくなる。固ければ、呼吸をしながら撫でて柔らかくすればよい。

鳩尾(みぞおち)とは、この部分の形が鳩の尾に似ているからそう名前がつけられたといわれる。左右のあばら骨が鳩の羽で、鳩尾の所が鳩の尾になるのだという。

鳩尾を弛めるためには、ここを伸ばしたり縮めればいい。鳩の羽にあたるあばら骨を伸ばしたり縮めたりすることによって、鳩尾を弛めるのである。十分伸縮させるためには、肩甲骨が柔軟に動くこと、肩が貫けて肩が落ちていることが必要である。

もうひとつ大事なことは呼吸である。呼吸に合わせて、あばら骨を開いたり閉じたりすることである。これは胸式呼吸である。

稽古でも、この鳩の羽根であるあばら骨を開いたり閉じるようにすればいい。一教でも四方投げでも、他の技を掛けるとき、受けを取る時も、意識してやればよい。合気道の技と稽古法は、鳩尾が弛むようにもプログラムされている。勤め人や学生など、勤めや学業で疲れた人達が稽古に通うのは、技を練磨するだけではなく、無意識のうちに鳩尾を弛めてリラックスし、翌日のためにリフレッシュしようと通っていることもあるだろう。