【第113回】 胸・肩

合気道の形稽古で相手を取りにいくときは、通常は手首をとるが、本来ならば体のどこを取ってもいいし、どこを取られても技で返せなければならないであろう。これは、本来決まりのない、武道的な意味での稽古法である。合気道ではこの武道的稽古の考え方の他に、別の考え方がある。つまり合気道は体のカスを取り去って、宇宙の響きと共鳴する体にしなければならないのだから、体のすべての部位のカスを取るべく、体の全ての部位を使う稽古をしなければならないわけである。手だけでなく、肩や胸にもカスは貯まっているから、ここを使った技の稽古もしなければならないことになる。合気道の技とは、正しくやればカスがとれるようにできている秘儀ともいえる。

合気道の稽古は、捕まえられたから技で返すのではなく、カスを取り去る部位を掴んでもらって、そこを技を使って動かし、カスを取って自由に動くようにするものでもある。もちろん、そこには武道としての厳しさがなければならないのだから、隙のない動き、息使いがなければ意味がない。

胸や肩は手と比べると非常に動かし難い。しかし手と比べると比較にならない強力な力を出すことができる。上手く使えば、手よりも技を掛け易いし、効果的である。しかし、技が効くためには、肩や胸が柔軟で強靭なことと、正しい使い方をすることが大切である。肩先が自由に回り、上下、前後に動くよう、肩の柔軟性が必要である。また、肩が貫けていなければならないが、肩の貫き方は前に何回か説明した通りである。この柔軟な肩は、体幹、足、手と連動して動かなければならない。

次に、技を掛けるに当たっての肩・胸の使い方としては、一言で言えば相手が掴んでくれているところの肩や胸を動かさないことである。初心者は折角もってもらっているところを無理に引き離すように動かしてしまうため、相手は掴んでいることができず、手を離してしまう。これでは、技がかからないことになる。動かすのは、常に対極である足であり、あるいは反対側の肩や胸である。

もう一つのポイントは、相手の持ってくれている手をそこから引き離すのではなく、自分に密着してしまうことである。密着するということは、相手と自分が一体化することになるので、あとは自分の思うとおり自由に動けることになる。相手の手を切り離すことは、二人にもどってしまうわけなので、争いになってしまう。

肩と胸を鍛えるには、まず胸取り、肩取りの稽古がいい。胸取りは、二教(表・裏)がいい。相手のげん骨が胸にゴリゴリ当たって赤くなるぐらいにしっかり鍛錬するのである。慣れてくれば、相手の手が胸や肩に触れた瞬間に崩せるようになるし、離れないように貼り付けてしまうこともできるようになる。