【第10回】 山歩き

山歩きを一回すると普段の一週間分の稽古になると、若い頃に先輩からいわれたこともあって、よく山歩きをしたものである。確かに足腰が丈夫になるだけでなく、足への重心の移動、ナンバの歩き、体のバランスの取り方、息遣いなどが自然と身につく。急な坂はナンバでなければ登れないし、ナンバからナンバへ進むにも重心の移動がスムーズでなければ進まない上に、疲れてしまう。

山を上り下りすれば肺や心臓も強くなり息が切れないようになる。年配の女性などは仲間と途切れのない会話をしながら歩いているが、機関銃のように話しながら歩いていても息が乱れない息遣いの見事さには感心させられる。靴がドタドタ音がしないよう靴をそっと地面に接するように歩くと、着地したとき足にかかる力が腹にきて、足と腹が結ぶ稽古になる。手と腹を結ぶ稽古は道場でもできるが、足と腹を結ぶ稽古は難しい。山歩きで足を大地(地球)にできるだけそっと置くことは、大腰筋を鍛えるだけでなく、地球、自然そして靴や体に対する愛の行動でもある。

夜の山歩きは精神力(胆)を鍛えるにいい。夜中に懐中電灯で歩いたことも度々あった。午前1時頃までは木々や小鳥は起きてざわざわしているが、午前2−3時頃になるとすべて寝静まってしまう。まさに、草木も眠る丑三つ時で、妖怪や幽霊などがでてきそうな雰囲気になる。自然の力、奥深さ、それに人間の弱さや限界をいやというほど思い知らされる。

夜の山歩きでは、最終電車で最寄の駅に行って一晩中歩いたが、木刀や杖を持参して、途中適当なところで振るのもいい鍛錬になる。はじめて行く場合は、山に不案内のこともあるだろうし、丑三つ時のような体験もあるので、経験者に連れて行ってもらうのがいいだろう。