【第620回】  己の呼吸と天地の呼吸を合わせる

合気道は難しい。年季を経れば経るほど難しくなる。問題はますます高度になり、問題の回答もなく、教科書もない。只、最終的な目標がぼんやりと示されているだけである。ぼんやりという意味は、開祖がそう言われているだけで、大抵の門人たちはそれを意識していないだろう。最終目標を知らなくとも、意識しなくとも稽古は続けることができるということであり、最終目標はぼんやり霞んでいるわけである。

勿論、開祖が言われている、合気道の修業の目標は宇宙との一体化でなければならないし、それに向かって精進しなければならない。教科書が無くともそれに挑戦していかなければならない。それは個人の自由だろうと思うかも知れないが、それに向かわなければ、恐らく合気道の真髄に近づけないどころか、体を壊すことになるはずである。何故ならば、宇宙との一体化につながる道を合気道というわけだから、それに繋がっていなければ、道に外れた外道ということになるわけである。宇宙に嫌われるから、体も壊すことになるわけである。

それでは宇宙との一体化のためには、どのような修業や稽古をしなければならないかということになるだろう。
それは宇宙と一体化された開祖が話されたこと、書かれたもので研究するほかないだろう。それも一度にできることではないから、少しずつやるべき課題を見つけ、解決し、また、これだろうと思うことに挑戦し、そして開祖の言葉が載っている『合気神髄』『武産合気』に反していないか、これでいいのかを比べたり、確認したり、反省することであろう。

前置きが長くなったが、今回はこの目標に近づくべく、「己の呼吸と天地の呼吸を合わせる」の研究をしてみたいと思う。
これまでは、己の呼吸、例えば、イクムスビなど研究したし、天地の呼吸の重要性も研究したつもりだが、それぞれ別個に扱っていた。
今回は、この己と天地の呼吸を合体させる研究ということになろう。

まず、疑問が起こるのは、人間と天地の呼吸が一緒になることができるのかということであろう。
大事な事は、それが可能であるという事を信じる事である。
これが可能であるということは、開祖が次のように保証されているのである。

だから、己の呼吸と天地の呼吸を合わせる事はできると思い、そして己の呼吸を天地の呼吸に合わせるようにすればいい。
この己の呼吸の仕方は「第613回 天の呼吸、地の呼吸 続き」に書いた。この呼吸によって、己の呼吸と天地の呼吸が合わさると感じるし、技にも影響を与える。しかし、この呼吸は、開祖も言われるように、単純ではなく、非常に微妙なのである。開祖はこの呼吸の微妙な変化を、次のように言われている。「呼吸の微妙な変化が五体に深く喰い込み、喰い入ることによって、五体はその働きを、活発にし、千変万化神変の働きを示すことができる。」

己の呼吸と天地の呼吸が合わさるとどうなるかというと、例えば、手を天地の呼吸に合わせて上げると、天地の呼吸が手を上げてくれるのである。そしてその結果、○手は自然に上がる ○人の力以外の力が加わり、異質の力となり、力が倍加する ○手は天地と結ぶのである。
因みに、手をただ上げても、これは己の魄の力で上げたモノで、人工的で不自然で、天地とは結ばない。

合気道の技を生み出すのは、天地の呼吸によると、開祖は、「もの(技)を生み出すのも天地の呼吸によるものであり」、また、己の腹中の呼吸であると、「武も妙精を腹中に胎蔵してことたまの呼吸によって科学しながら生み出してゆくのであります」と言われているのである。
つまり、己の腹の呼吸と天地の呼吸により、精妙な技が生まれ、これが宇宙との一体化へ近づけるものと信じるのである。
開祖は、「この呼吸の変化は、宇宙に気結び、生結び、そして緒結びされる」と言われているのである。