【第553回】  一元の神の気を吐く

合気道は相対での形稽古を通して技を身に着けていくが、技は思うように掛からず、相手も思うように倒れてくれないものである。人は簡単には倒れてくれないのである。これを前提に稽古をしなければならないだろう。

取りわけ、最後の極めや抑えの部分が難しいものが多い。呼吸法、四方投げ、入身投げ、一教裏などは難しい。人によって違いがあるようだが、私としては、片手取りや諸手取呼吸法の最後のところが難しい。
相手とくっついて、相手を自分の円の中に導くまでは出来るのだが、そこから相手を下に落として倒すのがなかなか上手くいかないのである。己の手が相手の気持ちと体にぶつかってしまうのである。
いろいろ試してみたが、自分が納得できないのである。

この問題を解決する鍵が、前回の「第552回 もう一つの陰陽」にあると思うのである。この中の「一元の神の気を吐く」である。
開祖は、「息を吸い込む折には、ただ引くのではなく、全部己の腹中に吸収する。そして一元の神の気を吐くのである」(「合気神髄」P.14)と言われている。呼吸法もこの息づかいでやらなければならないはずである。

前半の「息を吸い込む折には、ただ引くのではなく、全部己の腹中に吸収する」はそれほど難しくない。息を横の胸式呼吸から腹中に入れるのである。呼吸力が出て、引力が発生し、相手と一体化できるのである。

問題は、ここから相手を倒そうとするのだが、相手とぶつかったり、相手を弾いたりしていて、上手く倒せないのである。

不味い理由は、息と体を陽陽でつかっているからではないかと考えた。
そこで開祖の言葉の後半の「そして一元の神の気を吐くのである」を研究し、これでやるべきであろう。
まずは、この「そして一元の神の気を吐くのである」の意味を解釈しなければならない。
「そして」が大事である。「そして」とは、まず、横の呼吸で胸、腹中に息と気を満たした後、ということである。従って、腹中の息・気が満ちなければ次に進めないことになる。
次に、「一元の神の気」とは、宇宙の始めの「ポチ」、一元の大神様が宇宙をつくるにあたって出された気である。

これを呼吸法(片手取り、諸手取)でつかうと、息を吸って腹中に息と気が満ちる。次に縦の息づかいで息を吐いていくと、腹中の満タンの息が凝縮し、ポチになる。ポチになると今度はポチから気が湧き上がってくるのである。この湧き上がる気(一元の神が吐いた気)で相手を投げ、抑えればいいはずである。
後は稽古をくりかえして身に着けることだろう。