【第488回】  本当の合気の力を出すために

合気道に入門する人の多くがそうだと思うが、私も合気道の技を身につけて、悪者などチョチョイがチョイとやっつけるようになりたい、と思っていた。映画や漫画の主人公のように、悪漢を傷つけず、あっという間に取り押さえてしまうのである。取り押さえられる悪漢も、周りで見ていた人たちも、どうしてそうなったのか分からない、摩訶不思議な、超人的な技をつかうのである。

もちろん、そのためには稽古をしっかりしなければならないことは覚悟していた。確かに、入門したての頃の開祖の技は超人的なものであり、技は摩訶不思議でなければならない、ともいわれていた。

合気道を始めて50年以上になるが、まだまだチョチョイがチョイとはいかないものだ。だが、その夢はまだまだ持ち続けている。また、50年を振り返ってみると、初心のチョチョイがチョイに向かって進んできているようである。

チョチョイがチョイとできるためには、本当の合気の力を出すようにすればよい、と考える。それには、本当の合気の力が出るように、稽古しなければならないことになる。そのためには、やるべきことがあり、それを順序よくやっていかなければならない。

まずは、合気の体をつくらなければならない。体の節々のカスを取り除き、体や血管を柔軟にし、心臓や肺などの内臓を丈夫にするのである。これは、主に受け身によってつくられるから、受け身をまじめに取っていれば、体はできるはずである。

次に、力をつけなければならない。技をかけるための手(手先、腕、上腕)を鍛える腕力の養成、そして、体の力の養成である。これは、合気道の形稽古を通して身についてくる。ここまでは、稽古を真面目にやっていけば、誰でも身についてくるものであり、とりわけ問題はないだろう。

問題は、次の次元へ移る時である。これはおそらく合気道の稽古を始めたら、最初に直面する課題であろう。それは、それまで鍛えた腕よりも強い力の体の部位をつかわなければならない、ということになる。

具体的な例として、諸手取呼吸法では、こちらの一本の腕を相手は二本の諸手でおさえてくるのを、こちらは一本の腕で処理しなければならない。こちらの一本の腕に、相手の二本の諸手の力より強い力が出るようにしなければならない。おさえさせている一本の腕の力では、二本の腕よりも強い力は出せない。二本の腕より強い力とは、体幹から出る力である。どんなに太い腕でも、たとえ二本でも、体幹より太い腕はないからである。

この体幹の力が腰腹から出る力であることは、だんだんわかってくるものだ。そして、腰腹と手先をつなぎ、その結びが切れないように、腰腹で手先を動かすことがわかってくるはずである。

この辺で、体を十字と陰陽でつかわなければならないことが分かってくるだろう。手先を縦、横、縦と十字に返しながらつかい、さらに足と胴も十字につかっていくのである。また、足を右、左、右と規則正しく陰陽につかい、さらに手、そして手と足を、共に陰陽でつかうのである。

ここまでくると、腰腹からの力がつかえるようになるだろうから、当初の手先の力とは質、量ともに違った力となる。

今度は、体に息を合わせてつかい、技をかけていくのである。先ずは、十字の息づかいである。縦の腹式呼吸と横の胸式呼吸の十字の息づかいをつかうのである。さらに、イクムスビの息づかいである。イーと吐いて、クーと吸って、ムーと吐いて、技をつかうのである。

この段階にくると、息で気持ちと体を結んで技をかけ、体重が技としてつかえるようになる。また、受けの相手と結んで、一体となって動けるようになる。

ここまでは、これまでの論文で書いてきたわけであるが、ここまでの力は自分自身の力であり、限界がある。つまり、人間の力には多少の量的な差はあるが、チョチョイがチョイになるような、量的ではなく、質的にも違う力への限界があるということである。

この限界を超えるためには、人間個人の力に頼っていないで、偉大な力をもっているはずの自然や宇宙の力をお借りしなければならないはずである。そのためにどうすればよいかは、次回にする。