【第452回】 腹と心

合気道の目指すところは、宇宙との一体化である。宇宙のひびきと同一化すること、つまり、五体と宇宙のひびきの同化、ということである。

そのために、開祖は「己れの心のひびきを、ことごとく天地に響かせ、つらぬくようにしなければならない」といわれている。しかし、心を天地、つまり、宇宙に響かせるとはどういうことなのか、そして、どうすれば心を響かせ、それを天地に響かせることができるかが難しい。

開祖が聖典『武産合気』『合気神髄』で、「腹」(実際には「腹中」)ということを大事であるとされているのを、以前から不思議に思っていた。 例えば、

また、「腹」と同じように、「体内」という言葉もつかわれている。例えば、 このように開祖は腹の中、つまり「腹中」や「体内」が大事である、といわれている。すなわち、腹中に宇宙、宇宙の真相、天の運化、天の呼吸・地の呼吸が入り、胎蔵する。つまり、腹・体内が宇宙になるのである。しかし、腹や体内と宇宙とは、なかなか結びつかないものである。

医学博士で東京芸術大学教授・同保健センター所長だった三木成夫氏が著書『胎児の世界』の中で、心(こころ)の働きは「内臓の働き」だといわれている。「内臓というのは、唇や口腔、心臓や血管、胃や腸、おしっこがたまる袋や管などをいいます。魚でいえば焼く前に取り出す、鰓からおなかにかけての、あれです」という。一般的な現代科学では、「心」は脳の働きであると考えるのだが、三木博士は、内臓の動きから来る、といわれるのである。

さらに、博士は「内臓は小宇宙といえるもので、天体の動き、自然の現象、その中のいろいろなリズムを宿し、そのリズムに応じて働く機能を持っている」ともいう。例えば、潮の干満、光の明暗、四季の交代などである。

また、博士は、体の外側の手足や感覚器官と脳の「体壁系」に対し、はらわたといわれる体の内部の胃腸、心臓の「内臓系」を重視して、「心」とは内蔵された宇宙のリズムだ、としている点に特徴がある。これが、合気道開祖のいわれる「腹」「体内」と結びつくのではないか、と考える。

博士はさらに、内臓の「波動」に着目し、それを自然全体、地球や宇宙そのものの波動と共振するものと考えているのである。例えば、人間の一日約25時間の「体内時計」や、太陽リズムとはズレている潮汐リズム、女性の月経などである。

人間の体には、30億年昔から地球を構成するすべての元素が入っているという。鉛、砒素、六価クロムなどの猛毒も入っているのである。従って、人間は地球の分身であり、子供であるといえよう。

つまり、われわれ人間の身体は、そのままですでに小さな地球であり、小さな宇宙ということになるのである。

三木博士は「私たちの内臓系の奥深くには、こうして宇宙のメカニズムが、初めから宿されていたのです。『大宇宙』と共振する、この『小宇宙』の波を、私たちは”内臓波動”という言葉で呼ぶことにしております」という。そして、「この内臓の波動、内臓のうねりが、内臓の声となって大脳皮質にこだまする。『心』の初源とはこれだというわけです。」というのである。

宇宙と一体化するのは心であり、心の響きということになるが、その「心」は三木博士によれば内臓であり、合気道では腹中や体内ということになる。これは、呼吸によって小宇宙と大宇宙が響き合うようになるのではないか、と考えると、開祖植芝盛平翁が「腹」をいかに重視していたかが、わかってくるように思う。

しかし、宇宙と一体化にはまだ先があるようだ。開祖は「人間は心と肉体と、それを結ぶ気の三つが完全に一致して、しかも宇宙万有の活動と調和しなければならないと悟った。『気の妙用』によって、個人の心と肉体を調和し、また個人と全宇宙との関係を調和するのである。」といわれているのである。心(内臓・腹中)と肉体と気の完全な一致と、気の妙用である。先はまだ遠い。

参考・引用文献  『胎児の世界』 三木成夫著 中公新書