【第452回】 腹と心
合気道の目指すところは、宇宙との一体化である。宇宙のひびきと同一化すること、つまり、五体と宇宙のひびきの同化、ということである。
そのために、開祖は「己れの心のひびきを、ことごとく天地に響かせ、つらぬくようにしなければならない」といわれている。しかし、心を天地、つまり、宇宙に響かせるとはどういうことなのか、そして、どうすれば心を響かせ、それを天地に響かせることができるかが難しい。
開祖が聖典『武産合気』『合気神髄』で、「腹」(実際には「腹中」)ということを大事であるとされているのを、以前から不思議に思っていた。
例えば、
- 言霊とは腹中に赤い血のたぎる姿をいう。言霊とは声とは違う。
- 合気道を会得した者は、宇宙がその腹中にあり、「我はすなわち宇宙」なのである
- 悟るということは、自分にあるので、自分の腹中をよく眺め、よく自分を知るということが自分に課せられた天の使命であります。
- 要するに武道を修行する者は、宇宙の真象を腹中に胎蔵してしまうことが大切
- 我々は天の運化を腹中に胎蔵して宇宙と同化、武産の武の阿吽の呼吸の理念力で魂の技を生み出す道を歩まなくてはならない。
- 人の息と天地の息は同一である。それで天の呼吸、地の呼吸(潮の干満)を腹中に胎蔵する。
- 武も妙精を腹中に胎蔵してことたまの呼吸によって科学しながら生み出していくのであります。
- 木剣も自分も光の雲もなく、宇宙一杯に自分が残っているように感じた。その時は白光の気もなく、自分の呼吸によって、すべて宇宙の極が支配され、宇宙が腹中へ入っていた。
また、「腹」と同じように、「体内」という言葉もつかわれている。例えば、
- 過去ー現在ー未来は宇宙生命の変化の道筋で、すべて自己の体内にある。
- 宇宙とともに進むみ、自己の体内に宇宙組織を、正しく造りあげていく
- 合気は宇宙組織を我が体内に造りあげていくのです。宇宙組織をことごとく自己の身の内に吸収し、結ぶ。
- 道というのは、ちょうど、体内に血が巡っているように、神の大御心と全く一になって離れず、大御心を実際に行じてゆくことをいうのである。
このように開祖は腹の中、つまり「腹中」や「体内」が大事である、といわれている。すなわち、腹中に宇宙、宇宙の真相、天の運化、天の呼吸・地の呼吸が入り、胎蔵する。つまり、腹・体内が宇宙になるのである。しかし、腹や体内と宇宙とは、なかなか結びつかないものである。
医学博士で東京芸術大学教授・同保健センター所長だった三木成夫氏が著書『胎児の世界』の中で、心(こころ)の働きは「内臓の働き」だといわれている。「内臓というのは、唇や口腔、心臓や血管、胃や腸、おしっこがたまる袋や管などをいいます。魚でいえば焼く前に取り出す、鰓からおなかにかけての、あれです」という。一般的な現代科学では、「心」は脳の働きであると考えるのだが、三木博士は、内臓の動きから来る、といわれるのである。
さらに、博士は「内臓は小宇宙といえるもので、天体の動き、自然の現象、その中のいろいろなリズムを宿し、そのリズムに応じて働く機能を持っている」ともいう。例えば、潮の干満、光の明暗、四季の交代などである。
また、博士は、体の外側の手足や感覚器官と脳の「体壁系」に対し、はらわたといわれる体の内部の胃腸、心臓の「内臓系」を重視して、「心」とは内蔵された宇宙のリズムだ、としている点に特徴がある。これが、合気道開祖のいわれる「腹」「体内」と結びつくのではないか、と考える。
博士はさらに、内臓の「波動」に着目し、それを自然全体、地球や宇宙そのものの波動と共振するものと考えているのである。例えば、人間の一日約25時間の「体内時計」や、太陽リズムとはズレている潮汐リズム、女性の月経などである。
人間の体には、30億年昔から地球を構成するすべての元素が入っているという。鉛、砒素、六価クロムなどの猛毒も入っているのである。従って、人間は地球の分身であり、子供であるといえよう。
つまり、われわれ人間の身体は、そのままですでに小さな地球であり、小さな宇宙ということになるのである。
三木博士は「私たちの内臓系の奥深くには、こうして宇宙のメカニズムが、初めから宿されていたのです。『大宇宙』と共振する、この『小宇宙』の波を、私たちは”内臓波動”という言葉で呼ぶことにしております」という。そして、「この内臓の波動、内臓のうねりが、内臓の声となって大脳皮質にこだまする。『心』の初源とはこれだというわけです。」というのである。
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宇宙と一体化するのは心であり、心の響きということになるが、その「心」は三木博士によれば内臓であり、合気道では腹中や体内ということになる。これは、呼吸によって小宇宙と大宇宙が響き合うようになるのではないか、と考えると、開祖植芝盛平翁が「腹」をいかに重視していたかが、わかってくるように思う。
しかし、宇宙と一体化にはまだ先があるようだ。開祖は「人間は心と肉体と、それを結ぶ気の三つが完全に一致して、しかも宇宙万有の活動と調和しなければならないと悟った。『気の妙用』によって、個人の心と肉体を調和し、また個人と全宇宙との関係を調和するのである。」といわれているのである。心(内臓・腹中)と肉体と気の完全な一致と、気の妙用である。先はまだ遠い。
参考・引用文献 『胎児の世界』 三木成夫著 中公新書
Sasaki Aikido Institute © 2006-
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