【第252回】 ひびき

合気道の修行の最終的な目標は、宇宙との一体化といわれる。開祖が到達された、宇宙の中心に立つという心境、釈迦の天上天下唯我独尊などの境地になることなのだろう。われわれ凡人には、宇宙との一体化ができるかどうかわからないが、合気道を修行するものは、少なくとも努力だけはしなければならないだろう。

宇宙と一体化するためには、五体と宇宙の響きと同調し、相互に交流し、五体の響きが宇宙の響きとこだまする「山彦の道」を進まなければならないという。人の体は天地の真理が宿っており、天地万有につながっているから、己の心のひびきを天地に響かせ、つらぬくようにしなければならないと教えられている。(「合気神髄」)

名人、達人でもないし、漫画のヒーローでもない凡人は、一挙に宇宙と一体化などできるはずがない。「山彦の道」を一歩一歩進んでいくしかないだろう。合気道の場合は、宇宙とのひびきの同調、こだまの前に、まず相対稽古の相手との同調、つまり共鳴ができなければはじまらない。それができてから、その後、すべての稽古人、武道家、一般人、動物、自然(山川草木)、天地、宇宙などと順次、共鳴できるようにしていけばいいのでないかと考えている。

前にも他で書いたが、99歳になる詩人、柴田トヨさんが詩集『くじけないで』を出版した。90歳から詩を書き始めたということなので、詩人のキャリアは10年にもならない。処女作であるが90万部売れたという。90万部というのは、詩集としてはベストセラーである。驚きである。テレビ(NHK)で紹介されたのを見て知ったわけだが、見ているうちに涙が出るほど感動した。早速、翌日『くじけないで』を購入して読んだ。42作品にはすべて感動したが、その内、最も感動したものの一つを紹介する。

 貯金

 私ね 人から  やさしさを貰ったら  心に貯金しておくの
 さびしくなった時は  それを引き出して  元気になる
 あなたも 今から  積んでおきなさい
 年金より  いいわよ


この詩には、気負いがない。偉そうにするとか、自慢をするところがない。しかし、愛がある。またちょっとした、ほのぼのとするユーモアもあり、ひとの心を癒してくれる。

合気道では、「心と心が振動し共鳴し合う世界が山彦の道の発現たる世界である。」(合気神髄)というが、この詩を作った柴田トヨさんは、私を含む100万人以上の人達の心に共鳴したわけである。彼女の詩は、恐らく世界中の人達にも共鳴させることだろうから、合気道における山彦の道で考えれば、相当な次元に到達されておられるといってよいだろう。

武道だけでなく他の道からも、山彦の道を達成して宇宙と一体となることができるということである。われわれ合気道家も、合気道のさらなる精進が必要なようだ。

参考文献:
『くじけないで』(柴田トヨ、飛鳥新社)
『合気神髄』