【第175回】 予想以上の上達

合気道は技を練磨して宇宙と一体化を図ろうとする道だが、技をただ繰り返して練習すれば上達するというものではない。体を駆使すると同時に、頭も十二分に働かせなければならない。頭を遣うといことは、脳を働かせるということである。

脳には情報を分類したり、保存したり、心臓や肺などの内臓に指令をだしたりと、いろいろの働きがあるが、最も基本的な働きは「ものとものを結びつける」ことだという。池谷裕二薬学・物理学東大准教授はその著書『海馬』(新潮文庫)の中で、「ものとものとを結びつけて新しい情報をつくっていくことが、脳のはたらきの基本です。脳は、毎日出会っている新しい情報がどういうものなのかを分類します。そして、何かを解決したい場合には、まったく関係のないように見える情報どうしを、とっさに結びつけるのです。」と言っている。

また池谷准教授は、ばらばらな情報を結びつけることによって新たな発見をしたり、新しいものの創造をすることができるのだというが、まったく関係のなさそうに思える情報を結びつけることができるようになるのは30歳過ぎからだという。つまり、頭の働きがよくなるのは30歳からだというのである。

30歳以上生きれば、人としていろいろな経験をするようになるだろうから、多くの経験情報を有することになるだろう。これを合気道の世界に当てはめてみても、やはり合気道を初めてから30年ぐらいで、やっと一通りの基本的な稽古が出来るものと考えられるし、それを過ぎたころから、それまでばらばらでやってきたことが繋がってくると言えるようである。これまで稽古して得てきたばらばらの情報が必要に応じて結びつき、新たな情報となって技として生み出すのである。しかも、不思議なことに、この新しい情報は予想もしなかった早さで蓄積されるというのである。つまり、予想以上の迅速さで能力はアップするのである。

この情報の蓄積が30歳を過ぎると、爆発的に増えるというが、どのぐらいの割合で増えていくかを、池谷准教授は「べき乗」(たとえば2の何乗)と言っている。つまり、例えば合気道でAという因子を憶えたあと、Bを覚えるときには、Aを覚えた時の記憶があるので、まずその方法を記憶しやすくなる。その上にAとBふたつを知るだけでなく、Aから見たB、Bから見たAというように、脳の中で自然に四つの関係が理解できることになる。二の二乗である。このように情報の蓄積量は、二の一乗(2)、二の二乗(4)、二の三乗(8)、二の四乗(16)、二の五乗(32)、二の六乗(64)、二の七乗(128)、二の八乗(256)、二の九乗(512)、二の十乗(1,024)、二の十一乗(2048)・・・・二の二十乗(1,048,576)と加速度的に増えていくというのであるが、これは合気道の上達にも当てはめることができるだろう。

合気道の技は宇宙の法則を型にしたものであると言われているので、そう簡単には身につかないはずである。しかし、技のファクターをひとつひとつ身につけていくと、はじめは遅々として上達しないが、多くの因子情報が結びついてくるようになると、予想もつかない量の新しい情報が創造・蓄積され、飛躍的に能力が増すということになる。

その上、合気道の因子情報に、それまで日常生きてきたことから得る知識や知恵の情報が結びついてくると、能力は更に増進するはずである。

そんなレベル、そのような次元にたどり着くのは、自分にはとても無理だと思わないことだ。コツコツと稽古を積み重ねていけば、そのレベルや次元に到達することは可能であり、また自分が今考えているより早くそれを達成することが出来るように、どうも脳は働いてくれるようだ。

参考文献   『海馬 ―脳は疲れない』(池谷裕二 糸井重里著 新潮文庫)