【第145回】 ひびきと波動

近代科学で明らかになってきたものの一つに、「波動が自然界のいたるところに存在し、ミクロの世界でもあらゆるものに波がかかわっている。」というのがある。つまり、「自然界は波動に支配されている。」(Newton 2009/01号)という。物理学でいう波動は、単に波とも呼ばれる。

自然界には、確かにいろいろな波がある。海の波など目に見える波から、モノが見えるために網膜を刺激する光の波、モノが聞こえるために鼓膜を刺激する音の波など。我々人間には見える波、見えない波、また聞こえる波、聞こえない波などである。人間が見えなかったり、聞こえなくても、他の生物が見えたり、聞こえたり、感じたりするものもある。例えば、蝙蝠の発する超音波などがある。

剣豪小説や忍者小説を読むと、見えないはずなのに、剣豪や忍者には見えていたり、殺気を感じたりする場面がある。忍者は必ず自分の探している人を探しだすし、自分が見つけられないために自ら仮死状態になるような場面もよくある。以前から不思議に思っていたし、自分も見えないものが見えたり、感じたりしたらいいと思ったものだ。

見えないものを見たり、見つからないように気配を消すという意味が持つキーワードは、現代流言えば「波動」と言えるのではないだろうか。波動とは、「ある点で生じた振動が周囲に広がっていく現象。」である。

我々の体は勿論のこと、自然界のすべては原子や分子で構成されているが、この原子や素粒子のミクロの世界も波に支配されているので、自然界のすべて、ましてや人間も波に支配され、あるいは波を拡散していることになる。もし、このような人の波を感じる鋭敏な感覚センサーを持っていれば、見えない人、聞こえない人を見たり聞いたり出来る事になるだろう。忍者はその波動を感じるために厳しい試練を積んだ専門家だろう。また、武術や武道の達人、名人達も厳しい修行を通して、そのような能力を身につけたのではないかと思う。

合気道開祖の植芝盛平翁もいろいろな逸話から、見えないものを見、聞こえないものを聞く能力をお持ちだったことが分かる。その上、開祖は波動を感じる対象を人間だけに留めず、鳥獣草木、そして宇宙にまで広げられたのである。

開祖は「波動」を「ひびき」と言われているが、次のように「ひびき」を説明されている。「人の動きはすべてことだまの妙用によって動いているのです。自分が実際に自己を眺めれば音感のひびきで判ります。ことに合気道は音感のひびきの中に生まれてくる。」(「合気道技法」)

また、合気道新聞で、「合気と申しますと小戸の神業である。こう立ったならば、宇宙のひびきをことごとく自分の鏡に写し取る。そしてそれを実践する。相手を見るのじゃない。ひびきによって全部読み取ってしまう。」まさに、超音波で相手を捉えてしまう蝙蝠のようでもある。

それが出来たら、次に「五体のひびきは宇宙のひびきと同化、お互いに交流しなければならないのである。それは宇宙に舞い上がった五体のひびきが、宇宙のひびきに<こだま>して、力強く五体に反応しなければいけない。このひびきの微妙な変化が武の本源なのである。」(合気道新聞)

宇宙も波動で支配され、振動している。「波動は、遠く離れた物体をゆらす。」(Newton 2009/1) 宇宙のひびきは、我々五体をゆらしているはずである。五体と宇宙のひびきの交流、「山彦の道」がわかれば、合気道は卒業である、と開祖がいわれるのだから、宇宙のひびきに同化し、宇宙とお互いに交流できる五体をつくらなければならないだろう。これからの課題である。

参考文献:
 「Newton 」  2009年1月号
 「合気道新聞」 58号、68号
 『合気道技法』