これまで息陰陽に関して10編以上書いてきた。息陰陽が合気の技をつかうには重要、必須であることはわかったことになる。つまり、合気のすべての技は息陰陽をつかわなければならないということである。しかし力一杯の稽古をするようになるとこの息陰陽を更に磨き上げなければならないことになる。形をなぞったような適当な稽古では、息陰陽もなぞった程度でいいが、相手が力一杯打ってきたり、押えてくるとそれでは技にならなくなるのである。
合気の技は息陰陽水火で掛ける。水火は天地の呼吸であり、息陰陽はこの水火に結ぶ息づかいであり、伊邪那岐と伊邪那美の働きと云われる。である。従って、息陰陽は伊邪那岐
と伊邪那美
にしっかり働いて貰わなければならない事になる。この言霊は“う”である。
働くのは体内の、
と体(手、足、腰)であり、そしてこの別物どうしがシンクロして動かなければならない。
“う”ので腹を横に拡げ(膨らませ)、腰を十字(足先に対して)に返す。腰を十分十字に返すと腰が下りる。
である。ここで腰、足、手が一体となる。腰、足、手の一体化である。そして
が生まれる。
これは体内の動きであるが、体外の手のつかい方も大事である。これを間違えたり、不十分だったりすると技にならないし、相手の反撃にあってしまう。
“う”で手は親指を支点に手刀部を縦から横の十字になるように返す。にあるように、○は息を“う”と吐くが、○の中の━にあるように腹中の息(気)を引くことになり、手先も腰で引かれる。
また、息を吐く時は手の平に気を満たし、引く時は手の甲に気が満ちる。従って、手を出す際は手の平に気を入れ、そして手の甲に気が移ることになる。手の甲に気がのるとその気は腕、肩、背中、腰と体の表を覆い、陽の気となる。
手の甲にのった気は手の平の上にあるので、手の平は魄、手の甲は魂と感得する。大先生は、息を吸ったら、自分の魂が入って来るし、引く息は自由であると言われているのである。これまでにない力が出る。これで頑強な手(指先から肩まで)が出来るし、腰としっかり結ぶ手になる。
息陰陽が働くようになると、頑強な手ができる他に、この息陰陽の手は相手の攻撃してくる手とぶつからない。相手の手とくっつき、相手を凝結させ、円く捌くのである。正面打ち一教はこの息陰陽が分かり易い形(技)である。呼吸法もこれでやらなければならないようなので、合気のすべての技(形)はこの息陰陽が必須であるはずである。これでぶつかってぶつからない合気道の技になるからである。そして合気道の技をつかっているという実感と喜びがあるからである。