【第955回】 息陰陽の探究 その2
今回のテーマは息陰陽の探究である。第952回の息陰陽の探究の続きである。この間、息陰陽を探究してきていろいろと新たな発見があったし、技も大きく変わる事ができたので記すことにしたのである。お陰でこれまで上手くできなかった正面打ち一教も上手くいくようになった。それは前回の「第954回 正面打ち一教の難しいわけ」に書いた通りである。
それでは息陰陽についてどんな新しいことがわかったのかを記す。
- 合気のすべての技は息陰陽でつかわなければならない事。息陰陽に対するのは息陽陰や息陽陽である。息陽で技を掛けるとどうなるかというと、息を吐きながら手を出すことになる。そうなると相手とぶつかったり、弾き飛ばすことになる。これが魄の力である。
息陰とは息を口から吐き、手は引き乍ら出す。“う”の言霊で腹中を膨らませる。布斗麻邇御霊のである。腹中が膨らむと手に気が満ち手先から気が身体の表を流れる。つまり、手先(手掌)→手首→肘→肩→胸鎖関節と気が流れ、そして満ちて強靭な手ができるのである。
ここまでが息陰である。腹中の息(気)を出すのではなく引いているのが陰であると感じる。
次に、胸鎖関節まで来た気は反対側の胸鎖関節に流れ、腹中の息(気)が横から縦になり、息(気)は陽となる。そして胸鎖関節→肩→肘→手首→手掌に流れる。布斗麻邇御霊のである。この気で反対側の手も強靭になり、左右の手が胸鎖関節を通して一本の強靭な手になる。
胸鎖関節のところでが、陰が陽に、つまり息陰陽なのである。
これまでは手は息陰→息陽→息陰→息陽で左右交互につかえばいいと考えていたが、これで息陰と息陽はバラバラではなく、一本に繋がっており、手先から手先への気の移動であることがわかったわけである。だから息陰陽なのであると実感する。
- この胸鎖関節のところで息(気)の陰陽が変わることがわかると、身体の摩訶不思議を思い知らされる。もし、胸鎖関節が分かれておらず一本にくっついていたら、息陰陽にならず合気の技はつかえないことになるのである。
これは手だけでなく、足にも当てはまる事である。もし、左右の股関節がひとつにくっついていたら、手と同じように息陰陽の働きはできない。
足を上げる際は、息を引き乍ら息陰で足底から股関節に上げ、その上がった気を、股関節で反対側の股関節に移し、股関節から足底に息(気)を吐いて息陽で下ろすからである。因みに、高齢や怪我などで上手く歩けないのは息陰陽で歩けないからである。
- 腹中の息陰陽の他にもう一つの息陰陽がある。それは胸中の息陰陽である。腹中の息陰陽の後、胸中で息を陰陽につかうのである。布斗麻邇御霊のである。の後、言霊“え”で息を引きながら胸中を膨らませ、手に気を満たし、気を手先から胸鎖関節と腹中と同じようにするのである。
息陰陽は腹中であれ胸中であれ、次のような法則があると思う。
*息を引く際(息陰)は、手先から肩、胸鎖関節に息(気)を引き手を出す
*息を吐く際(息陽)は、胸鎖関節や肩から手を出す
息陰陽が分かってきた事により合気道の技の奥深さやすばらしさが更に分かってきたと同時に、技の法則の重要性を再確認することになった。布斗麻邇御霊も息陰陽水火にももっと真摯に取り組まなければならないし、大先生の教えも更に一生懸命に勉強しなければならないだろう。
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