【第95回】 基礎を見直す

合気道は「形」(かた)と「わざ」を稽古していく武道である。基本の「形」はそれほど多くないので、数年で覚えることができるだろう。しかし「わざ」は無限の可能性、組み合わせがあり、非常に幅広く、奥深いものであり、人間が一生かけても完全に身につけることはできない。完璧に出来ないことが分かっているが、合気道家は「わざ」を少しでも多く、深く身につけるべく修練している。合気道家は、不可能を知りながら、ロマンを求めるロマンチストということができる。

合気道の稽古は、基本の「形」を繰り返し々々稽古し、「わざ」を練っていく。稽古を続けて行けば、誰でもそれなりに上達はする。しかし、ひとは少しでも上手くなりたいと思うし、早く上達したいと思うものだ。上達したいなら、上達するように稽古をするしかない。

上達するためには、そのための条件があるから、その条件を整えることが必要だろう。まず、合気道の体をつくらなければならない。合気道は武道であるので武道の体をつくらなければならない。武道とスポーツの体のつくり方の違いは、スポーツは勝つために、体の必要な部位を集中してつくればよいが、武道では体のすべての部位を鍛えなければならないという点である。何故ならば、武道で弱いところがあれば、敵は必ずそこの部分を攻めてくるので、命取りになるからである。

体をつくるには、体の各部分をバラバラに分解して鍛え、弱いところを鍛えるようにしなければならない。バラバラに鍛え、各部位を意識して使えるようにするのである。しかし「わざ」で使うときは、バラバラではなく統括して使えなくてはいけない。

また、力が出る体にしなければならない。手先だけでは大した力は出ないので、体幹や腰、また地からの力が手先に通る体にしなければならない。このためには手先から足先までの関節のカスをとって、柔軟に動けるようにしなければならない。とりわけ肩が大事である。腕が上がらなかったり、手先が大きくきれいな軌跡を描いて回らなければ、「わざ」がきちんとできるわけがない。「わざ」を掛ける前に、自分ひとりで肩、肘、手首、首、胴、足、股関節などが、引っかからず柔軟に動くようにしなければならない。

「わざ」をかけるとき、最終的には手で決めるが、相手を崩してそこまで持っていくのは足さばきである。足さばきができなければ、「わざ」はかからないし、上達もない。手は頭で動かすことができるが、足は頭からの指令になかなか従わない。無意識、つまり頭からの指令ではなく、「足の脳」が働くよう足さばきを稽古しなければならない。

武道の足さばきは所謂「ナンバ」であるので、「ナンバ」で歩けなければ「わざ」はかからないと言える。道場の外でも「ナンバ」で歩き、自然に歩けるようにしておかなければ、道場で急にできるものではない。

合気道の体さばきの基本は、「入身」と「転換」である。これがきちんとできなければ「わざ」はできない。「入身」は相手の死角に"身を入れる"わけだが、体をねじらずに面として使わなければならないし、そのためには顔、腹、目と気持ちが一緒に同一方向に向かわなければならない。「転換」もおなじである。

息の使い方(呼吸)は武道の呼吸でなければならない。息の使い方を間違えると、力(呼吸力)が出ないだけでなく、体を壊してしまう。昔の武士の嗜みであった「能」や「謡い」の息づかいである骨盤的横隔膜を使う呼吸をしなければならない。相手とくっ付いて(合気して)相手を崩すまでは、この骨盤的横隔膜で息を腹に入れる(吸う)ことになる。これを逆に吐いてしまうと、体は固まり、相手にくっ付かず、弾き飛ばしてしまうことになる。また息を吐いてしまったら息がなくなるので、投げる前に息を吸わなければならないことになり、ここにスキ(吸気)が出来てしまってよくない。昔だったら「スキあり」と切られてしまうところである。

合気道で使われている用語を一度、意識して勉強することも必要であろう。例えば技の名前の「小手返し」「回転投げ」「四方投げ」「呼吸力」などである。この名前(用語)の意味するところがわからなければ、正しい稽古ができるわけがない。例えば「小手返し」の「小手」がどこなのか分からなければ、「小手」を返すことはできない。「小手」がどこか分からない人は、「手首いじめ」をやってしまうことになって、「わざ」の発展はなくなる。

また「呼吸法」の「呼吸」が分からなければ、「呼吸法」はできない。何故なら「呼吸法」とは、呼吸力の養成法だからである。もっといえば、合気道そのものが呼吸力の養成であるともいえるので、合気道の稽古にもならないことになる。

合気道の「わざ」は、呼吸法のできる程度にしかできないといわれる。特に、諸手取り呼吸法と座技両手取り呼吸法である。この両呼吸法を繰り返し稽古して、その真髄を身につけなければ、先には進めないだろう。

また、基本中の基本の形(かた)である正面打ちの一教と入身投げ、(逆半身)片手取り四方投げを、納得がいくまで稽古をするのがよい。この形は入門してはじめに習うものであるが、実はこれが極意の形といえる。この最もシンプルな形の「わざ」に、合気道の極意が入っている。この三つの形の「わざ」が出来た程度にしか、二教、三教、小手返し、回転投げ、天地投げもできないだろう。言葉を代えて言えば、この三つの基本中の基本形の「わざ」が出来なければ、他のものもそれなりにしか出来ないということである。原点に還って、この奥義の形と「わざ」を見直し、自分がどれだけ出来るのか、出来ないのか確認してみるとよい。それが確認できれば、次に進めるだろう。

上達したいと思うのなら、基礎的な体づくり、つまり合気の体として機能する体をつくって、息の使い方を身につけ、合気道の基本的な用語を勉強し、基本の形と「わざ」を身につけることである。基礎が欠けていれば、土台がない建物と同じで、高くすることはできない。上達をしたいなら、基礎を見直し、しっかり固めることである。