【第948回】 胸中の気で手と技をつかう

胸で手をつかうを『合気道の体をつくる(第946回)』で書いた。
更に、胸で手をつかうで技をつかっていくといろいろな発見があると同時に、胸で手をつかうことは必須であると確信したので、今回はそれを書くことにする。
まず、胸で手をつかうとはどういうことかを確認する。これまでは腹で手をつかってきた。腹と手先を結び、腹で手を動かして技を掛けてきた。これで頑強な腹と手ができ、技も効くようになるのである。
しかし、この腹で手をつかっていたのを腹から胸に変えるわけである。それではこれまで腹で手をつかっていたのは間違いだったのかということになる。結論は、それは間違いではなく、ひとつのやるべき過程である。この過程の鍛練をしなければ次に進めないし、次の成果を会得出来ないのである。故に、まずは腹をしっかりと鍛えなければならない事になる。

腹から胸は布斗麻邇御霊の営みでも分かる。これまでの腹で手をつかっていたのはであったわけであるが、これから次のに進み、で収めるわけである。が胸で手と技をつかうのである。

この布斗麻邇御霊の形からわかるように、ここでの腹とは腹中の事であり、腹中のイキ(気)の事である。故に、気が分からなければ腹も胸も上手くつかえないだろう。気を生み出し、気をつかえるようにするためには幽界の稽古をしなければならない事は以前から書いている。大先生は幽界の稽古は気の稽古であるといわれているのである。

また、胸、胸中の気がつかえるようになるためには肩が張り、肩が働かなければならない。要は、胸の前に肩を鍛えておかなければならないのである。肩が張れば胸も張り、胸が頑強な一枚の鉄板のようになる。半身半立ちで両肩を掴まれても相手をくっつけ、そして突っ張らせてしまう。頑強な胸と肩の胸中の気で大きな力、切れない力が出るようになる他に、魄が下、気が上に流れるようになる。腹ではなかなか難しいが胸でやると容易に気が体の上、表に流れるようになる。片手取り呼吸法、正面打ち一教、二教裏など胸、胸中の気でやればそれがわかるはずである。
更に、居合で剣を抜く場合も腹ではなく、胸で抜くし、また、弓を引く場合も胸いっぱい真空の気を吸う。腹ではない。
早業は空の気を脱し真空の気でやらなければならないが、腹ではなく胸、胸中の気でやるということである。重い鍛錬棒を早く振る場合も腹では遅い。胸で振るのである。
入門した頃、大先生の剣を拝見した事が何度かあるが、一つ気になった事があった。それは大先生は剣を腹ではなく、臍より高い処の重心で振られているのではないかと思ったことである。武道は腹と思っていたので一寸違和感があったが、当時は何もわからなかったのでこの件はこれまでそのままになっていた。これで大先生は、胸で剣を振られておられていたということがわかり、長年の疑問がようやく解けたわけである。
その当時の大先生の剣の写真を下記に載せる。胸で振られているのが分かるだろう。

名人、達人の武道家の胸はみな厚い。胸を鍛えたからである。胸が厚くなるように、胸中の気で手と技をつかって技と体を鍛えていきたいと思う。