【第947回】 気を意識して、気をつかう稽古
これまで書き続けてきた論文のテーマをざっと見ただけでも“気”で技をつかおうと奮闘してきた事がわかる。肉体主体の魄の次元の稽古から、気の次元の稽古をすることである。
お陰で、イクムスビの息づかいから、フトマニ古事記の息づかいから、気というモノを実感するとともに、今では気を技につかえるようになってきた。若い、力がある後輩にも力負けしないような力が出せるようになってきた。大先生が云われる「気は力の大王である」を実感しているところである。
この論文を書いている3週間後にはフランスの合気道の講習会に行く事になっている。毎年行っていたが、ここ数年はコロナの関係で行っていないので、生徒たちはこれまで以上に今度の講習会に期待しているはずである。
そこで今回の講習会の稽古の主旨を“気“の稽古にした。難解であるが敢えて挑戦する。
これまでは主に目に見える魄の稽古であったが、今回は”気“の稽古である。”気“を感じ、”気“を技につかえるようになるための稽古である。
これは自分自身がこれまでやってきたことであるから、自分自身には問題ないが、彼らには難しいはずである。
それでは“気”をまだ知らない生徒にどう教えればいいかというとになるが、自分がやってきたことを伝えるしかないだろう。自分はこのような稽古で“気”を意識し、つかえるようになった、そのプロセスと稽古法、それに気を感じ、つかえるようになった技で教えるのである。それをもう少し具体的にする。
- 準備運動
腹中と胸中での“あ、お、う、え、い”息づかいで関節を伸ばしたり、屈伸する。特に、“え”で大きく胸を拡げると“気”が産まれ、“気“が体の表(背中、腰側)に流れる。また、この息づかいで、魄(体)が下になり、”気”がその上になり、その“気”が体を上から押しているのが自覚できる。イクムスビの次の段階の息づかいである。
- 魄が下になり、気が上になる稽古
魄が下になるということは、上にくるものは魂である。魂はまだよく分からないから気とする。魄が下になることをまず感じなければならないが容易ではない。それを感じるために上記の準備運動が重要になるのである。
魄が下になり、気が上になる最適な稽古は、「片手取り呼吸法」であ相手の手の内に密着したら、腹と結んだ手を腹で十字々々に返す。そして己の手刀が相手の手の内に密着すると同時に、相手の体と結び、相手を自在に導けるようになる。これが呼吸力であり、気の力と考える。
片手取り呼吸法で、魄が下になり、気が上になるがわかれば、二教裏なども効くようになるはずである。
- 気でくっつける稽古
気が働いているのかどうかがわかれば“気”がわかるはずである。
気には引っ付けてしまう引力と突っ張らせてしまう凝結力があると大先生はいわれているから、相手が手にくっつぃて離れなくなったり、突っ張って凝結してしまえば、気が働いている事になり、その働いているモノが“気”ということになる。
気でくっつけてしまう最適な稽古は、後ろ両手取や半身半立ち呼吸投げ等であろう。
- 気で突っ張らせる稽古
相手を突っ張らせてしまうのは次のような技の稽古があると思う。
半身半立ち四方投げ、正面打ち一教、肩取り等
- 気を体の表に流す稽古
力は体の表をつかわないといい力は出ない。裏の力は魄の力であるからである。体の表とは、手で云えば、手刀、尺骨部、背中、腰側である。通常のように手を上げ下ろししても気は体の表に流れない。
親指を支点にして手刀部を内・外転すると気は手刀から体の表を流れる。親指を体、手刀を用につかうのである。しかしこれもやるべきことをやらなければ気は出ないし、流れない。例えば、この手は身体の中心線上を進み、息陰陽(後述6.)でつかわなければならない等である。
- 息陰陽で強靭な気を産み、つかう稽古
このためには上記5.親指を体(たい)、手刀を用につかわなければならない。これによって腹中と胸中を拡げ、手を引き乍ら出る陰陽の強靭な手・腕ができる。正面打ち一教、諸手取呼吸法等が最適な稽古法だろう。
すべての技でこれらはできるようにしなければならないが、はじめからは無理なので、まずはやりやすい技からやるのがいいと考えたわけである。
講習会では、このような稽古でやってみようと思うが、これで“気”が少しでもわかってくれればいいと願っているところである。
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