これまで大先生の教えの中での「天之御中主、高見産巣日、神産巣日、の造化の三神」がよく分からなかった。勿論、多くの教えがわからないわけだから、その中の一つという事である。この三神の事は分からないながら頭の隅にあったようで、この度また出てきてくれたのである。
肩取りの相対稽古をしているときに、これがもしかしたら大先生の教えでないかと閃いたのである。というより、肩取りの技が上手くつかえたので、この技づかいには法則があり、理合いがあるはずなので、大先生がこの技づかい、体づかいに我々に何か教えておられているのではないかと思ったのである。そしてその教えは「天之御中主、高見産巣日、神産巣日、の造化の三神」でないかと直感したのである。
大先生は「天之御中主、高見産巣日、神産巣日、の造化の三神」に関して次のように言われている。
「からだ」は五臓五体といって造り主に神習い、足は高御産巣日、神産巣日となって、つまり霊系の祖と体系の祖に神習い、三位一体である。気はちょうど、三角法になっている。そして頭の働きは両手にまかす。これが伊邪那岐、伊邪那美の大神様の気を受け、神習うていかなければならない。そこで「からだ」は五臓五体、造り主に神習う。また足は、胴の動きは両足に持っていかなければならない。これが高御産巣日の霊的な祖、これが体的な祖に結んでいかなければならない。」(合気神髄P146)
肩取りで技をつかう際、重要なことは肩を手としてつかう事である。相手と接しているところが手となるからである。また、体はしっかりした芯をつくらなければならない。すると頭から真下に下りる芯と頭と左右の足を結ぶ二本の芯の計三本の芯ができる。これが三位一体と考える。(図左)
技はこの軸から軸に返ることによって生まれる。また、「頭の働きは両手にまかす」とあるが、両手は気によって自在に動いてくれるので、頭で考える必要はないということだと思う。更に、「胴の動きは両足に持っていかなければならない」とあるが、軸になって胴を足の上に載せればいいという事だと考える。
まだ完全に理解していないが、これを実践して確認したいと思う。常に挑戦である。何か新たな事がわかったり、この確証が得られれば、その時また書くことにする。