【第91回】 エネルギーを内側に向ける

若いうちは、一般的にエネルギーは外に向けるものだ。他人と同じようにしたいとか、負けないようにとかと、他と比べ、他人を意識しながら生きている。だから恐らく若いうちは、島や山の中でたった一人では生きられないだろう。

武道の稽古でも、若いうちは相手があって上達する。他人に負けないように一生懸命頑張る。もっているエネルギーを最大限、外(相手)に向かって発散し、エネルギーをますます増大させていくのである。これが若さである。年配の高段者や上手なひとと一緒に稽古をする場合の若者の唯一の武器は、この一生懸命にぶつけてくるエネルギー(意識と力)だけであろう。

しかし年を取って、高齢者になってまで、稽古相手に一生懸命エネルギーをぶつけているのは不自然であるし、体によくない。今できても、70、80、90歳でそれができるわけがない。

武道の名人、達人とは、通常の人より次元を超えた強さを有する人だが、大体は高齢である。名人などは90歳以上でないと名人とは呼ばれないと聞くが、名人、達人は力(エネルギー)が強かったので名人、達人になったわけではない。名人、達人たちは、パワーのエネルギーは若い頃より衰えていくことを知っていたし、パワーでやれば若者には適わないかもしれないと知っていたはずである。名人、達人のエネルギーは質が違うし、その使い方も若者などとは違うはずである。名人、達人達は円熟し高齢になると、自分のエネルギーを外から内へ向けたといえるだろう。

高齢になってきたら、エネルギーは内側に向けなければならない。他人を気にしたり、身分や金儲けなどにエネルギーを向けたり、外のものに使わないのがよい。足腰もおぼつかない高齢者が、儲けたとか損したとか、目の色変えて話しているのを見ると滑稽である。年を取るにしたがい、世俗のものをどんどん捨て、残されたエネルギーを本当に必要なことに使うべきである。そうしなければ満足した静かな生活を送ることができないし、最後の瞬間には悔いが残るのではないだろうか。

宇宙飛行士のドン・アイズリー氏は、あるインタービューで、宇宙から帰還してから自分が変わった事について、「何よりも大きいのは、人生観というか、人生を生きる態度が変わったことだ。リラックスして人生を生きるようになった。自分のエネルギーを外に向けるより、内側に向けるようになった。だから、毎日、平和で静かな生活をしている。人生をエンジョイしている。」と言っている。(「宇宙からの帰還」(立花隆、中公文庫)

自分には何が本当に必要なのか、どのようにすればいいのかは、外からの情報では分からない。自分の中にある理性と、無意識の中のもう一人の自分「彼」しか教えてくれない。このためにはエネルギー(意識)を内側に向け、深く々々潜行しなければならない。この内側から、「彼」の声が聞こえ、知恵とエネルギー(パワー)が出てくるのだ。エネルギーを外に向けていたときとは違う異質の力がでる。例えば二教裏も、相手の手を極めようと、エネルギー(力)を相手に向かって外に出すのではなく、「彼」のところに向けると、そこから相手に逆らう気持ちを起こさせないような、異質な強力で膨大なエネルギー(力)が返ってくる。

合気道は呼吸力の養成ともいわれるように、呼吸力が重要であるが、若いときの外に向かうエネルギーでは、ただの弾き飛ばすパワーでしかなく、呼吸力にはならない。呼吸力は、この外に向かうエネルギーに加えて、内に向かうエネルギーがなければならない。

若いうちに外に向かうエネルギー(意識と力)を十分養成し、高齢者になってきたら、内に向かうエネルギーを養成すれば、呼吸力が身につき、異質の力が使えるようになり、合気道をますます楽しむことができるようになるだろう。