【第88回】 息使い

すべての武道、スポーツ、芸能で、息使いは重要である。合気道でも息使いは想像以上に大事である。息を正しく使えなければ、「わざ」は上手くかけられないし、力もでない。けれど、人は生きているかぎり意識しなくても息ができているため、特別努力することもないし、息使いを特に注意しなくともいいと考えているようだ。その結果、道場で一緒に稽古をしても、一寸早い動きをすると息が上がってしまうことになる。

息が上がらないようにするには、体をつくることと、息と動きが合うような息使いの稽古をすることである。まずは初めにそれを意識して稽古をし、さらに息使いを意識しなくともできるようにするのである。

最初は、受身で息使いを覚えるのがいい。まず呼吸投げなどで沢山投げてもらい、受身をとって息の使い方を練習する。相手に投げられる瞬間から、息は少しずつ吐き続け、腹を締め、立ち上がる瞬間に息を出し切る。立ち上がったときは息が腹に充満する。これを繰り返す。投げられて受けを取っている途中で息を吸ってしまうと、腕が崩れたり、肩を打ったり、怪我をするので、吐き続けなければならない。何十回も投げられると疲れてきて、息が上がってくるだろうから、上がらなくなるように、また息が上がらなくなるまで、この稽古をするといい。

受身で息が上がらないようになったら、次は形稽古の中で、取りとしての息使いの稽古である。基本は「一技一呼吸」である。一つの技をやるのに、技を掛けはじめてから収めるまで、一呼吸でやらなければならない。勿論、名人、達人、上級者になれば、一呼吸で一技どころか幾つもできるし、呼吸など考えもしないだろう。しかし、初心者はこの練習を「一技一呼吸」ができるまでやるのがよい。この「一技一呼吸」も、そうやさしいことではない。相手が強かったり、頑張ったりすると、すぐに息が上がってしまうからである。この稽古での息使いは、複式呼吸ということになる。横隔膜(呼吸横隔膜)を使い、腹と肺を鍛えるのである。道場の外でやる稽古としては、道を歩きながら次の電柱まで等と目標をきめて、息を止めたり、その目標まで少しずつ息を吐き続けるとよい。

取りとして「一技一呼吸」の息使いは、はじめは中々難しいので、受けで覚えるといい。受けを「一技一呼吸」で取るようにするのである。受けも「一技一呼吸」で出来なければ、息が上がってしまうことになる。

腹式呼吸ができるようになり、「一技一呼吸」ができるようになったら、次の段階の稽古に移る。骨盤底横隔膜を使う息使いである。この息使いをすることで、技が合気として効くようになる。しかしこの息の使い方は容易ではないようだ。なぜならば息の出し入れ(呼吸)がこれまでとは逆になるからである。

上記の二つの段階では、受けをとるときや技をかけるとき等、動作をするときに息を吐くが、この骨盤底横隔膜を使ってやる「わざ」の息使いは、息を吸う、つまり息を腹に入れるのである。技の掛け始めに相手に触れたときから、骨盤底横隔膜を下げていき、腹に息を入れていく。「わざ」の終結に近づくに従って腹のエネルギーは溜まっていくことになり、いつでもそれを爆発させることができるようになる。受けを取っている相手は、どんどん増大するエネルギーを敏感に感じるので、逆らわずについてくる。逆に息を吐き続けていればだんだんエネルギーは少なくなるわけだから、相手は出来るだけ技の終結まで我慢すればいいという無意識な安堵感をもつことになり、そこから時として逆らってきたりもするだろう。

骨盤底横隔膜を下げて腹に息を入れると、体は柔らかくなる。体を柔軟にしたいなら、この息使いをしなければならない。息を吐けば体は硬くなるのである。準備体操でも注意してやらないと、やればやるほど体が硬くなることになる。

この骨盤底横隔膜を使うと、意識では言うことを聞いてくれない深層筋が働くので、摩訶不思議な力が出てくる。二教の裏もこの息使いでやると、痛みを与えずに、相手の体全体を一瞬に崩してしまうことができるようになる。

「下手は動きに合わせて息をし、上手は息に合わせて動く。」といわれる。息使いがよければ「わざ」もよくなるということである。「わざ」が上手くいくよう息使いを勉強すべきである。