【第869回】 売るのが先

年を取ってきたせいもあるようだが、世の中が味気なくなってきた。人と人との心の交流が薄れている。目に見えるモノは大事にされるようだが、目に見えないモノは軽視、または無視されているようだ。これを物質文明というのだろう。心を軽視する故か、人間が機械化している。機械の真似をしている。その内に人は機械にかわられるのだろう。

合気道に於いても、物質文明的、肉体的、魄の次元のままでいれば、柔道のように体力・腕力の強い欧米人が主導権を握るようになりかねない。物主体の物質文明から心が主体となる精神文明の世の中に変えていかなければならないと願っている。このためには、大先生の教え、真の合気道の教えに戻る必要がある。更に、この物質文明社会の混沌からの脱出のためにも、合気道の役割がますます重要になるはずである。

合気道を創られた大先生は、次のような教えを我々に残して下さっている。
「我が国の経済は精神と物質と一如であります。日本では「売る」方が先であり、日本のすべて「誠」を売り込む、「愛」を売り込むのであります。武道におきましても、まず愛を売り込み、人の心を呼び出すのであります。」(合気神髄P.47)
商売では売る方が先だということは、商売は儲けようとして始めるのではなく、まずは「誠」と「愛」を売り込まなければならないということである。そうすると人は喜んで買ってくれ、その結果が儲けることになるということである。
最近はますます、儲けるために商売を始めるようになってきたように見える。儲けようとすれば、なるべく安く仕入れ、なるべく高く売ろうとするわけだから、経費を抑えるために人件費や材料費などを抑えることになる。いいモノができるはずがなく、また、働く人は満足した仕事をしないし、成果も上げられない。彼らはやるべき職務だけを最低限やるが、それ以上はやらない。最近気になるのは、例えば、コンビニである。どこでも、ほぼ、「いらっしゃいませ」、「有難うございました」しか言葉を発しない。そこには「愛」も「誠」も感じられない。これではお客も店員も面白くないし、楽しい社会にならない。その内、ロボットに替わられるだろう。

これを「愛」と誠を売り込む商売にしていくのである。
お店側は、数ある店の中から当店を選び来てくれた事、そして一生懸命につくり用意した商品を買ってくれた事に対してお客へ感謝することである。また、お買い上げの商品で楽しんでくださいという気持ちでの「いらっしゃいませ」、「有難うございました」でなければならないということである。この「愛」と「誠」を売り込むことによって、人の心が呼び出されるわけである。
そこでお客は、いい商品をつくり、準備していてくれたこと、そしてそれを手に入れたことに感謝し、それをつかう、味わう楽しみを持つことになるのである。そしてお店、店員、作り手等に対して「有難う」というのである。このようなお店側とお客の言葉や心の対話があれば、この世はどれだけ明るく楽しいものになるか?

合気道の稽古でもこの「売るが先」の思想が大事であると考える。
合気道は相対で技を掛け合い、受けを取り合って精進するが、相手に技を掛ける際はこの「愛」と「誠」でやらなければならないことになる。商売での儲けようという意味の相手を倒そう、決めようということではなく、相手を宇宙の営みに導くことである。いい世界をつくるために共に頑張ろう。これが売り込みである。合気道の目標である宇宙との一体化へのサポートであり、共同作業である。このためには、「愛」と「誠」がなければならない。お客に相当する受けは、その「愛」と「誠」に感謝し、共に地球楽園をつくろうとなるわけである。