【第853回】 力は出す、引かない

かって先輩から、技を掛ける際、力は出し続け、決して引いてはならないと教わったことがある。合気道を始めて2,3年のことだったので、その意味がよくわからないまま、何とか力が切れないよう力を出し続けようとしていたが上手くいかなかった。力を出し続けると、或る箇所で力が切れてしまい、相手の力に堪えきれず引いてしまうのである。

半世紀が経ってこの「力は出し、引かない」の意味がわかり、技でつかえるようになってきた。またそれが容易なことではないこともわかり、初心者にはわからなかったのは当然であることもわかったところである。
「力は出し、引かない」がつかえるようになるためには、やるべき事があるからである。そのやるべき事を見つけ、身に着けていなければ難しいのである。例えば、曲がらない、折れない手をつくらなければならない。手を名刀のような手に鍛えるのである。この名刀の手を腹と結び、腹でつかえるようにしなければならない。手を名刀のような手にするためには息づかいも身に着けなければならないし、息づかいの鍛練をして、肺や内臓を鍛えなければならない。伸びたり縮んだり、柔軟堅固にするのである。はじめはイクムスビの息づかいから始めるのがいいだろう。イーと息を吐き、クーと息を引き、ムーで息を吐き、」それに合わせて、手を縦(指先方向)に伸ばし、横に拡げ、そして縦に伸ばして手を名刀の手に鍛えるのである。
技ははじめ肉体主体で掛けるが、次に息主体で掛けるようになるから、息のつかい方はこのイクムスビから始めるといいと考える。

やるべき事はまだ々々あるだろうが、肝心な事のために次に進むことにする。
稽古を続けていると自分が精進しているだけではなく、稽古仲間たちも上達し、強くなってくる。それまでの技では相手が倒れなかったり、決まらなくなってくるのである。それが一番分かり易いのが呼吸法である。特に、諸手取呼吸法であるが、片手取り呼吸法でもそれを体験できる。力をつけてきた相手がしっかり、力一杯掴んだ手を上げるのは容易ではないのである。今にして思えば、片手取り・諸手取呼吸法ができていたのは、相手の力不足によるものだったことがよくわかる。

今度は相手にも力が付いたわけだから、対等ということになる。以前と同じような技づかい、体づかいをしたら互角になり、もみ合いになる。後輩達がよくもみ合っているのはこの状況にあるからだと考える。
もみ合いを避け、相手が受けを取り、倒れてくれるようになるためには更なる技・体づかいをしなければならないことになる。
それが今回のテーマである、「力は出し、引かない」である。

この力は出し、引かないが最もわかりやすく、使い易いのも呼吸法であるだろう。諸手取呼吸法はこれでやらないと、力が出ないし、相手の力を吸収し、相手と一体化し、相手を無力化することは出来ないはずである。
相手に己の手を掴ませたら、その手を腹としっかり結び、親指を支点として、親指に力を出していくと、手の平が自然と内や外に返っていき、相手の手と相手がくっついてくる。この際、手先、指先からは常に力が出ていることになる。初心者の呼吸法の上手くいかないのを見ていると、まず、掴まれた己の手を肘を折ったり、横に振ったりと力を出さないで引いてしまっている。これでは己の体重が手先に伝わらないわけだから、大きな力が相手に伝わらない。
勿論、呼吸法だけではなく他の技でも同じである。例えば、正面打ち一教でも力を引いたら力が戻ってしまい技にならない。

力は一つの技が完了するまで出し続けるわけであるが、息づかいが出来ないと難しい。まずは、イクムシビの息づかい、次に、布斗麻邇御霊とアオウエイ、そして阿吽の呼吸になるのだろう。
何故、息づかいなのかというと、縦(|)⇒横(━)⇒縦(|)と息が十字になり、そして体も十字になるが、この十字によって息も力も切れずに出し続けることができると感得する。
阿吽の呼吸で技を掛ければ、息と力が出るだけで引くことがない事が分かりやすいだろう。合気道の技は阿吽の呼吸で掛けなければならないと教わっているが、力は出すだけであって、引くなという教えもあるのだろう。