【第838回】 手は宇宙身心一致の働き

合気道は技を練って精進する。技は主に手で掛けるので、手の働きは大事になる。また、手が働くために手の機能と手のつかい方が重要になる。
そのためにこれまで、手の機能をよくするために、手の各関節のカスを取り除いたり、手をイクムスビの息づかいなどで剛や柔や流・気で鍛え、つかえるようにしたり、手先と腰腹が結ぶ手にしたりしてきた。また、手のつかい方としては、手先と腰腹を結び腰腹で手をつかうよう、手も左右陰陽につかい、手先も縦⇒横⇒縦と十字につかうよう、更に、手は剣をつかうようにしてきた。

このような手になり、そしてこのように手をつかわなければ、いい技はつかえないが、これは顕界での手の稽古ということになる。顕界とは目に見える次元ということである。
顕界があれば、当然、幽界があるわけだが、合気道は幽界を重視している。つまり、顕界の稽古を土台にして、その上に幽界の稽古をするということである。顕界の稽古を十分にやって、幽界の稽古に入るのである。
幽界は目に見えない次元であるから、教わるのは難しいし、己の手をどのようにつかえばいいのか、この手でいいのか悪いのか、どこをどう直せばいいのか等、目で見える顕界の稽古とは違う、というより異質なものである。

それでは幽界での手はどのようにつかえばいいのかという事になる。顕界にも、手のつかい方には法則があるように、幽界でも法則があるのである。
その法則は、「手は宇宙身心一致の働き」である。手は己の心身と共に、宇宙の意志と営みと一致して働かなければならないということである。そのためには、まず、天地の道理を悟らなければならない。天地・宇宙の創造と営み、そして目指しているもの(宇宙天国建設)を悟ることである。次に、顕幽一如、水火の妙体に身心をおくことである。手をつかうのも、目で見えるつかい方と目に見えないつかい方の顕界と幽界をひとつにしてつかわなければならないのである。具体的には、顕界の陰陽、十字等と幽界の布斗麻邇御霊とアオウエイの言霊等で手をつかわなければならないということである。
これを大先生は、「天地の道理を悟り、顕幽一如、水火の妙体に身心をおき、天地人合気の魂気、すなわち手は宇宙身心一致の働きと化し、上下身囲は熱と光を放つごとく寸隙を作らず、相手をして道の呼吸気勢を与えず、よってもって和し得ることを悟るべし。」(合気神髄 P.170)と教えておられるのである。

合気道の技を掛ける手は無暗に振りまわすものではない。手の働く軌跡がある。宇宙の営みと一致していれば強く、美しく、相手を納得させる。人が常に追求している真善美があるということである。宇宙の営みと手の働きが一致すれば宇宙との一体化ができたことになる。これは合気道の修業の(小乗における)最終目標である。この目標達成のためにも、手は宇宙身心一致の働きと化すように修業しなければならない。