【第837回】 体と仲良くしていく

定年を迎え、仕事をやめて自由になる頃から体の調子が段々狂ってきたようだ。徐々に体が衰えてきていたので、それが顕著に表れるまでは気がつかなかった。そして傘寿に近くなると、歩いていて躓いたり、ふらついたりして、足の衰えを自覚することになったのである。手足腰もどこか痛くなったり、動きにくくなる。
ふらつきは足からだけでなく、頭にも原因があるようであった。そのため道場での相対稽古には苦労した。特に、前受身が取れなくなってしまった。

これで私の合気道修業もそろそろ終わりかなとも思ったが、まだやりたい事、やるべき事があるので何とか続けなければならないと思い、続けている。自分の決めた目標に少しでも近づくために、一日でも長く稽古・修業を続けなければならないからである。
しかし、足や体の筋肉は衰えたり、関節を痛めたり、体はますます衰えてくるわけだし、いつも体のどこかに痛みや違和感を持っており、若い頃のように、完璧で健康な体ではない。

若い頃は、筋肉や関節を痛めたりしても、そんな事を構わず、気にせずに稽古をしていたが、年を取ったらそうはいかない。
まずは、少しでも体を痛めないように稽古をし、生活をしなければならない。そのためには無理をしないことになる。無理をしないとは、合気道の技づかいと同じように、宇宙の営みに合することであり、所謂、自然ということである。
もし、体を痛めたり、体の調子が狂ったら、その原因を探し、そしてその解決法を見つけることである。ほとんどの問題の原因と解決法は見つかるものである
しかし、それでも改善はするものの、完全には治らないものもある。例えば、私の場合はふらつきである。大分よくはなっているが完治していない。

この完治していないとか、何らかの問題が体にあるのが高齢者だと思う。つまり、これが高齢者の常態だと思う。故に、高齢者の稽古も生活もこれを前提にやっていかなければならないわけである。完璧で健康な体の高齢者はいないだろうから、各自が持っている問題を抱えて稽古をし、生活をしなければならないわけである。その問題に文句を言ったり、敬遠するのではなく、それを受け入れて仲良く稽古をし、生きていけばいいとやっている。まだ、ふらつきがあるので、前受身は取れないが、前受身からの後ろ受身を考えてやっている。体はよしとしているように感じる。手足腰などどこか痛んだり、不調であるが、それが普通と思い、痛みや不調を抱えて生き、稽古をしていくことにしている。
若い頃のように体を粗末に扱うのではなく、体と仲良くしていくのである。