【第829回】 また走る

年を取ると体がどんどん衰えるのを実感する。以前は年を取れば体が衰えるとは思っていたが、まだ実感してはいなかったし、現実的に体がどのように衰えるのかもわからなかった。言うなれば、頭でしか分かっていなかったということである。
今はそれが現実的に起こっているし、苦しんでもいるわけだから、実際に体験しているわけで、本当に分かってしまったわけである。

取り分け衰えを感じるのは下半身、特に足である。歩行の際に足がそれまでのように上手く上がらず、けつまずいたり、よろけてしまったりするのである。はじめの内は、合気道で体を鍛えているわけだから、足は丈夫で元気に働いてくれているはずだと思い、足のつかい方を注意すればいいだろうとしたが、注意するだけでは、つまずきやよろけは改善されない事が判明した。
そこで足を鍛えようと、意識して足に筋肉がつくよう稽古をしたり、また、なるべくエレベーターやエスカレーターをつかわずに歩いたりした。

足を鍛えるように歩き、研究してきたが、どうもこれでは足の衰えはますます進んでいくように感じるので、何かしなければならないと思ったのである。
そして出てきた答えは原点回帰である。足を鍛えるために、若い頃やっていたことを復活させてみようと考えたわけである。
若い頃どんな事をやっていたかを思い出してみると、まず、基本は走る事だった。中学、高校ではテニスや陸上のハイジャンプをやっていたが、基本は走ることにあった。大学に入って、合気道を始めてからも、よく家の近所を走りまわったものである。走らないと、体内エネルギーが暴れて落ち着かないし、体が満足しなかったようである。また、走るほかに、よく山歩きをした。足腰の鍛練になった。その内二度ほど、高尾山を一本歯の高下駄で上り下りしたが、これは足の最高の鍛練になったと思っている。

一本歯の高下駄で山登りはもう出来ないし、やる気力もないが、走る事ならまだ出来るはずなので走ることに決めた。10年、20年と走っていないわけだから、簡単ではないと思が、やるからには精神的な覚悟と物質的な準備が必要である。
精神的なモチベーションは、足を鍛えなければ稽古もできなくなるし、そして生活にも支障を来すようになる事を避けなければならないということであるから、心身ともに納得してくれるはずなので問題ない。
次のモチベーションを上げる物質的な準備である。如何に楽しみながら走る事が出来るかということである。その結論は、カッコいいウェアーとシューズを身につけることである。それを身につけることを楽しみ、身につけて走る事を楽しめるようにすることである。そこでウェアーとシューズを買いに行くわけだが、どんなモノを買えばいいのかが分からない。若い人のように普段からそれらを身につけているならば、どこのブランドでこんなモノがいいという情報をもっているので、金額との折り合いで決められるわけだが、こちらは何の情報も持ち合わせていないのに、走るモチベーションを高めてくれるものを買わなければならないのである。

しかし、その問題もすぐに解決してくれた。ブランドモノを扱うスポーツ店を二三軒見て回っていると、ランニングウェアー(上下)とスニーカーを装着したマネキンが飾ってあったのを見たのである。ひと目でいいデザインだと思い、それを一式購入したのである。
自分が気に入った事もあるが、店がわざわざ陳列したわけだから、店の自信作であるはずで、悪いモノであるはずがないと思ったからである。

翌日、ウェアーとシューズを身につけてわくわくしながら家を出た。走るのだなという気持ちが湧いてくる。が、足は思うように動かない。何十年も走っていないわけだから仕方がない。まずは数歩走っては歩き様子を見る。また数歩走り、そして100歩走るというように少しずつ走る歩数を増やしていった。これをどんどん増やしていけばいいし、その内に速度を上げてみようとも考えている。無理をしないで、足が鍛えられそうでこれからが楽しみだ。