【第819回】 腹の呼吸で結び導き、胸の呼吸で決める

入門当初から5年ほど、本部道場で大先生の教えを受けた。教えを受けたと言っても、大先生がたまに我々が稽古をしている道場にお見えになり、技を見せて下さったり、お話をお聞きしたことが主である。一番印象に残っている教えは、大先生に叱られたことであり、当時は怖かったし、こんなに激しく叱らなくてもいいと思ったものだが、今になると、それが大事な教えになっている事がわかる。無礼を働くとか、力を抜いた稽古をするとか、道場で剣や杖を振りまわすとか、女性を痛めること等に対しては叱られた。大先生の叱り方も縮みあがるほど怖かったが、後で納得したし、すっきりして、素晴らしかった。また、一人が悪い事をして大先生に見つかっても、その本人を叱るのではなく、そこに居合わすトップや責任者を叱るのである。その場の責任者の監督不行き届きということと、その道場にいる全員を戒めたわけである。
また、身近で教えを受けたこともある。岩間の道場で仲間と合宿をやった時、東京におられた大先生も岩間に戻られ、朝晩の稽古を指導して下さったのである。しかし、ここでも二人掛け四方投げで不味い受け身を取って、そんな受け身は駄目だと叱られた。勿論、叱られたのは不味い受け身をした私ではなく、先輩である。

大先生に少しでも近づこうと稽古をしていたわけだが、一つ分からない事があった。頭で理解できなかったということである。私が考えている一般的な理に合わないのである。
大先生はよく剣をつかわれて合気の教えをして下さった。その際、いつも不思議に感じていた事は、剣を胸から振り下ろされているように見えたことである。一般に剣は腹で振るモノなので、振り下ろすのも腹であり、腹で剣を上げ、そして切り下ろすわけだが、大先生の剣は構えて上げるまでは腹と結んでいるが、振り上げて切り下す時は胸をつかっているのである。それが分かる写真を下に示す。

そして、最近気づいたことは、大先生の腹と胸づかいは体術でも同じであったという事である。下記の写真でそれが分かるだろう。
最近ようやくこの意味がわかってきて納得することができた。布斗麻邇御霊の呼吸のお蔭である。技は腹の呼吸と胸の呼吸で生み出さなければならないということであったのである。腹だけでは、技は完成しないのである。因みに、腹と手先や剣を結んで、腹の呼吸だけで動いても、必ず途中で動きの軌跡が切れてしまうし、大きな力が出ないものである。
それでは腹の呼吸と胸の呼吸にはどのような働きがあるかを考えてみると、 剣を切り下ろす時、二教裏を決める時、また、片手取・諸手取呼吸法も胸の呼吸でやらなければならないという事になるわけだが、そのためにはその前の腹の呼吸で相手としっかり結び、そして導かなければならない。
また、柔軟体操で体とその部位を柔軟にする時、この腹の呼吸と胸の呼吸でやるわけである。柔軟になるだけでなく、強固に鍛えることも出来る。

腹の呼吸と胸の呼吸を有川定輝先生も教えて下さっていたことも分かってきた。先生のあの強烈な力、エネルギーの秘密はここにもあったということである。
腹の呼吸だけでなく、胸の呼吸もつかわなければならないということである。