【第777回】 渋沢栄一と合気道
今、渋沢栄一が世間で注目を集めている。NHKテレビの大河ドラマになったり、多くの書籍が出ている。
渋沢栄一は農民から武士、官僚、そして事業家になり、500余りの営利会社の設立や運営に関わったとされる。もし彼がいなかったとしたら、日本は変わっていたはずであるし、もしかすると大変な事になっていたかもしれない。
そこで渋沢栄一がどのような人物で、そして何故、そのような事業が出来たのかを知りたく、彼に関する二冊の本『論語と算盤』『渋沢栄一運命を切り拓く言葉』を購入して読んでみた。
本を読んでいくと、世に名を遺す人はそれなりの理由があることを改めて知る。そして彼の素晴らしい思想や行動は、合気道にも通じている事がわかった。実業家の雄が渋沢栄一翁とすれば、真の武道の雄は植芝盛平翁であり、お互いに求めたモノや求め方は同じようにも思える。
その幾つかを抜き取って紹介する。
- 「老いぼれの身ではあるが、終生現役で世の役に立つ。何もせずに暮らすのは一つの罪悪である。」
これは人間の義務であり、植芝盛平先生も最後まで合気道の発展と地上楽園建設の為に命懸けで活躍されておられた。
私自身も役に立たなくなったようなら生きている意味がないと思っている。
- 「人がこの世に生まれてきた以上は、自分のためのみならず、必ず何か世のためになるべきことを、為すの義務があるものと余は信じる。すなわち、人は生まれるとともに天の使命を享けておる。」
「造物主なるものがあって、何事をか為さしむべき使命を与えて、己をこの世に現わした。」
合気道では、「魄をもったことは天からの使命を持たされたことなのです。魄を育てあげるだけの能力を持たされているのです。これが祭政一致の本義なのです。」「万有の生命宿命を通じ、おのおのの万有の使命を達成せしむべく万有に呼吸を与え、愛護する精神を合気とはいうなり。」と教えられているから、渋沢栄一翁も合気道も同じことを言っていることになろう。
- 「正義人道に基づいて、国家社会を利するとともに、自己もまた富むものでなければ真の成功者とは言われない。」
合気道に於ける真の成功者は植芝盛平翁とすれば、この事は分かり易い。大先生は国家社会どころか世界平和、地上楽園のために働かれたが、ご自身も超人間的な能力を備えられた。勿論、宇宙の営みに則った正義人道に基づいていた。
- 「どんな賢い人でも、社会というものがなければ成功することはできない。だから成功した人は社会に恩返しをしなければならない。」
合気道の開祖、植芝盛平翁も、われわれ稽古人がいるから稽古に励めるとよく言われていた。だから、稽古人にそれもあって教えて下さっていたのかもしれない。また、合気道は宇宙から学ぶので、その宇宙に恩返しをするわけである。宇宙の完成をお手伝いすることである。
- 「人の生涯をして価値あらしむるは、一に懸かりてその晩年にある。」
渋沢栄一翁が好んだ句に、「天意夕陽を重んじ、人間晩霽を貴ぶ」(夕陽の素晴らしさ格別である。天は一日のうちでも夕刻を重んじた。人間も同じではないか。一生のうちで晩年をこそ貴ぶべきであろう。)
大先生も晩年よく、50,60才はまだ鼻ったれ小僧だと云われていた。私もそう思った。そして80歳にあったら、鼻ったれ小僧を脱して、一人前になりたいと思っている。己の晩年が楽しみである。
- 「一般に功を焦り過ぎる傾きがあり、その結果、無理をする人が多くなったように思われる。だが、これは決して立身出世の捷径ではない。」
この意味は、「目標に向かっていくのに、小道や抜け道によることはしない。正々堂々と大道を通っていくのだ。」ということ。
ここでの立身出世を技の上達とすれば、この意味と重要性がわかる。宇宙の法則に合せず、魄の腕力や体力で技をつかって相手を倒したり、抑えても、それは手っ取り早いが、理がない無理であり、焦りである。宇宙の営み、宇宙の法則に合した技づかい、体づかい、息づかいを、一つ一つ忍耐強く見つけ、身につけていかなければならないということである。
- 「物事は何に限らず、道理に照らしてその是非を判断するのが最も安全な法である。」
合気道の技の稽古でも、これは正しいのか間違いなのかを判断しなければならない事があるが、その正誤を判断をするためには判断基準が必要になる。渋沢栄一翁のその判断基準の物差しは「論語」であった。論語の道理に照らして是非を判断されたわけである。
合気道の道理は、宇宙の営み、宇宙の法則である。宇宙というのは、大宇宙という意味と、超時間空間という意味がある。見える世界の宇宙と見えない世界の宇宙である。従って、合気道の道理は時間(過現未)や空間(国や地域)に関係なく通用するものでなければならない。
まだまだ渋沢栄一翁からは学ぶ事があるが、紙面の関係もありここまでとする。世の中には、偉い方がまだまだ居られるようなので、ますます勉強しなければならないと再決心したところである。
参考資料:
『論語と算盤』 渋沢栄一 守屋淳訳 ちくま新書
『渋沢栄一運命を切り拓く言葉』渋沢栄一著 池田光解説 清談社
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