【第774回】 コロナの後に目指す世界
新型コロナウイルス感染が始まって一年になるが、まだまだ終息する様子はない。近い内にワクチンが接種されるようになるようだが、その効果が出、そしてコロナを心配しないでの日常生活に戻るには時間がかかりそうだ。
今回のコロナは、日本だけでなく、地球全土を襲い、医療崩壊、ロックダウン、経済悪化に陥れ、世界を混乱させている。
しかし、同時に、「世界中の人々が、コロナと云う人類共通の問題について“本気”で対策を考え始めたとも言える」、そして「問題はコロナだけでなく、資本主義の行き詰まり、拡大する格差、地球規模の環境破壊…人間は、パンデミックを奇貨として、これらの難題にも一致団結して立ち向かおうという姿勢を生み出したのではないだろうか。」(『新しい世界 世界の賢人16人が語る未来』【講談社現代新書】)と云われる。
そこでまず賢人がコロナ対策をどうすればいいのか、そしてコロナ後にどのような新しい世界を考えているのかを見てみたいと思う。上記の書から興味ある関係個所を抜き取ってみた。
- 「必要なのは、しっかりとした公共衛生システムと有能な科学機関、正しい情報を得た市民とグローバルな連携です。グローバルな連携を信じる必要があります。こんにち私たちが直面している主要な問題のどれ一つとして、一国だけでは解決できないものです。グローバルな問題にはグローバルな解決策が必要なのです。これらが、今回やこれから起こる感染症に打ち勝つための重要な要素です。」(ユヴァル・ノア・ハラリ、エブライ大学教授、イスラエルの歴史学者・哲学者)
- 「根本的な問題は、フランスの病院が破壊されていたことです。この国の指導者が現実と切り離されていたことも示されました。問題はフランスに産業機構が残っていないことです。この国が倒れずにすんだのは、トラック運転手、スーパーのレジ係、看護師、医師、教員のおかげであり、金融マンや法律を巧妙に操れる人のおかげではなかったのです。
フランスは中国に工場を移動させ、中国はフランスにウィルスを移動させ、マスクや医薬品の生産は中国に残り続けるのです。私たちフランス人は笑ってしまうくらい愚かです。
新型コロナウィルス感染症が地球全体をスキャナーにかけて特権や力関係を浮き彫りにしている」(エマニュエル・トッド、フランス国立人口統計研究所、歴史人口学者・家族人類学者)
- 「一国が危機を乗り越えるうえで重要なのがナショナル・アイデンティティです。今回の危機で私たちが学ぶべきことがあるとすれば、それはこの危機を通して人類がグローバル・アイデンティティを築ける可能性が出て来たということです。地球のどこにいても人類全体が運命をともにしていることが自明になりましたからね。
新型コロナが人類全体の問題だと気づけば、気候変動や資源の枯渇、格差の拡大、核兵器のリスクといった問題も人類全体の問題だと気づき、人類全体で課題に取り組める可能性が出て来ます。」(ジャレド・ダイアモンド、アメリカの生理学者・生物生理学者)
◇「人と人とのつながりは、資本主義の世界では考えなくてもよいと教えられてきたことでもあります。コロナ禍の今、私たちは相互につながっているという現実を意識せざるを得ないようになり、他者に対する優しさや共感力が以前よりも増しているのではないでしょうか。だから人種差別主義者による残虐行為について、自分には関係ない他人事だと言えなくなるのです。
社会が大きな変化を遂げるのは大不況か戦争のときぐらいです。そして今、私たちはそのような急速な変化を成し遂げられる可能性を見ています。私たちにはチャンスがあるのです。」(ナオミ・クライン、カナダのジャーナリスト・作家・活動家)
- 「現代のような資本主義の世界では、豊かさの絶対量ではなく、暮らしが豊かになっていく過程が幸福をもたらします。つまり経済成長が幸福をもたらすのです。一般論ですが、国が豊かになればなるほど、経済を成長させるのは難しくなっていきます。
これから人がオンラインでしか会わなくなっていくのだとすれば、それは大参事です。人間は社会的な動物であり、人と人の間でしか生きられないのですからね。」(ダニエル・コーエン、チェニジア生まれ、パリ高等師範学校経済学部長)
- 「分断された今の社会に必要なのは、政治を変える以前に、“エリートたちが謙虚さを養う”こと。“誰でもトライをすれば成功できる”という呪文を唱える罠にはまってしまったわけだ。能力主義の文化は、勝ち組を傲慢にし、置いてけぼりにされた人たちに対して優しさを示さない社会を作ってしまった。人生において好運がいかに重要なのかがわかれば、謙虚な心も持てるかもしれません。」(マイケル・サンデル、ハーバード大学教授、政治哲学者)
- 「コロナ危機は、人類を待ち受けている地球温暖化や新たな感染症といった将来の課題に向けてのリハーサルだ。(ラトゥール・フランスの哲学者)今後、新たな感染症や自然災害が起きると大勢の専門家が予想するいま、私たちは資本主義のプリズムを通して考えることをやめる必要があります。」
(スラヴォイ・ジジェク、スロベニア生まれの哲学者・精神分析家)
- 「地球ではこれまでに生物の大量絶滅が5回起き、いま人類が6回目を引き起こそうとしています。しかし、人類の意識が高まれば、まだ人類が救われる可能性も残っています。そうなれば新型コロナウィルスのパンデミックは有用だったといえるはずです。今回の危機を経て私たち人類と環境の関係、人間同士の関係も変わっていくと思います。」(ボリス・シリュルクニ、フランスの精神科医)
- 「現代社会で生きる我ら人間は、科学とテクノロジーで自然をコントロールできると思っています。人類は自らを世界の覇者で食物連鎖の最高位の捕食者と思い込み、環境は私たちの支配下にあると確信しています。しかし、実際はまったく違います。第一に、私たちは真の意味で環境を理解していません。人間はある分野には精通しているかもしれませんが、同時に多くの無知と未知の領域に四苦八苦しています。
これまで、私たちは億万長者や華やかな生活を満喫するセレブに憧れてきましたが、そんな人物はもはや役に立ちません。私たちに必要なのは、ひどい苦しみの中でどう生きるかを知っている人たちです。彼らから、私たちはいま取るべき行動を学べます。」(アラン・ド・ボトン、スイス人哲学者)
そこで合気道はどうなのかということになる。
合気道は、“コロナの後に目指す世界“もすでに目指していると思う。コロナ感染があったからではなく、合気道の基本的な思想であり、システムである。コロナ感染があろうがなかろうが目指しているものがあるということである。つまり、“コロナの後に目指す世界“だけでなく、究極的な世界は合気道の中にあると考えるわけである。上記の賢者の考えを踏まえてそれを具体的に見てみることにする。
- 先ず、コロナ後の世界をグローバルとかグローバル・アイデンティティを持つとあるが、合気道では稽古のシステムもそれを支える考え方もグローバルである。稽古は国や地域に関係なく共に和気あいあいとやっているし、それを世界中の道場でやっている。しかも、国や地域に関係ないだけではなく、男女、体重や体格、年齢、貧富、職業、上手い下手の別など一切関係なくやっている。
更に合気道のグローバルは、地球に留まらず、宇宙規模のグローバルである。宇宙との一体化が合気道の目標だからである。宇宙の目から見れば、人もものなどみんな同じとなるわけである。
この合気道の稽古法や考え方で、上に述べられた「人類の問題」「人と人とのつながり、他者に対する優しさや共感力」の問題は解消され、実現に向かえると思っている。
- 「豊かさの絶対量ではなく、暮らしが豊かになっていく過程が幸福をもたらします。つまり経済成長が幸福をもたらすのです。」とあったが、合気道でもこれは重要な事である。技を掛けて相手を投げたり抑えるのだが、相手を投げることを目的にすると上手くいかないし、余り満足できないものである。やるべき事をやり、やるべき過程を踏んでやると、その結果、相手は倒れるのである。そしてこの過程を大事にする稽古を続けて行く過程で上達があり、それが真の満足、幸福になるわけである。「経済成長」は合気道では「技の上達」ということになるだろう。
- “エリートたちが謙虚さを養う”とあるが、合気道を修業しているとそれはよく分かるし、そしてそれに挑戦しているはずである。武道でのエリートとは、強くて上手な人ということになろう。このエリートたちが謙虚さを欠いたら、武道の世界も合気道もめちゃめちゃになり、発展はない。しかし、難しい。合気道でエリートが謙虚になるためには、見えない次元での稽古、所謂、魄に頼らない稽古をするようにならなければならないと考えるからである。一般社会では難しいだろうが、合気道ではできるようになると思う。
- 「私たちは資本主義のプリズムを通して考えることをやめる必要があります」とあるが、まず、資本主義の根本的な問題を知らなければならない。それは合気道が教えてくれていると考える。つまり、それは合気道でも根本的な問題だからである。その根本的な問題は何かというと、「魄の力」が強すぎるということである。魄とは物であり、目に見えるモノである。物と心のバランスが崩れ、物が心を乱しているのである。人が平穏で快適に暮らしていくためには、心と物が表裏一体となり、心がモノを動かすようにならなければならないのである。これが新しい資本主義だと考える。
- 「私たちは億万長者や華やかな生活を満喫するセレブに憧れてきましたが、そんな人物はもはや役に立ちません。私たちに必要なのは、ひどい苦しみの中でどう生きるかを知っている人たちです。」とあるが、合気道を修業しても億万長者にはなれないし、セレブにもなれない。しかし、どんな苦しい環境でも生き抜く知恵を持つことはできる。
やはり、合気道は、コロナの後に目指す世界とも共振している。
参考文献 『新しい世界 世界の賢人16人が語る未来』【講談社現代新書】
Sasaki Aikido Institute © 2006-
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