【第77回】 手で導く

人を導く場合、たいていは手で導くものだ。稽古においても技で相手を導く場合、相手に邪魔されなければ、手は思う方向に向き、相手を導くことができる。しかし、相手に押さえられたり、邪魔をされると、自分の思った通りに導くのは難しい。上手く導くためには手と足と腰がしっかり結びつき、それに気持ちをのせて導かなければならない。これらがばらばらでは、とても相手を導けない。

このため合気道の稽古では、相手に手を持たせて、手と気持ち(心)が一致して思う方向へ転換したり、入身をする稽古を繰り返し稽古する。この典型的な稽古法は「逆半身片手取り転換法」であろう。手先は肘から手の甲側がまっすぐになるような手にならなければならないし、指先もまっすぐのばされて、すべての指に力が通り、開いた5本の指に多少の力が加わっても5本の指の間隔が閉じないようにしなければならない。

手は陰陽に使わないと、相手を導けない。人は手をどうしても陽々として使うくせがあり、相手を導かないまま押し倒したり、突き飛ばしたりしてしまう。力くらべの稽古をしたり、腕力での稽古をすると、手は相手を導かないで、相手に反抗心を起こさせてしまう。手は一方の手で相手を導き、他方の手で制するものとされる。この陰陽がないと相手をくっつけて、無力化したり、自由に導くことはできない。

初心者は、まず導く手で相手を導くどころか、相手の動きを止めてしまいがちである。その典型的なものに、入り身投げがある。相手を倒そうと腕や肩を掴んだり押さえつけたり、相手を倒そうと腕を水平に使い、相手の首にぶつけてしまう。また一方の手は相手を導こうとし、他方の手は自分の動きを止めてしまうので、自分自身を自縛することになり、相手の動きまで阻止してしまう。一教(表・裏)や入身投げなどでよく見かけることである。

開祖の道文では「手と足と腰、心よりの一致は、心身を守るには最も必要なことで、殊に人を導くにも、また導かれるにも皆手によってなされる。一方で導いておいて一方で制す。これをよく理解しなければならぬ。」(合気道新聞第54号)とある。

しっかりした手をつくり、手と足・腰をしっかり繋げて、そのような手で導くのが大事である。