【第755回】 十字と天地の呼吸で体と技をつかう

自分の経験上、己に技と力がついてくると、それに従い相手はこちらの技と力を抑えようとしてくるようになる。相手はこれを無意識でやったり、意図的にやるのだが、悪意があるわけではない。相手がこちらの技と力を抑えようとするのは、一つはこちらの技と力にやられないように頑張ろうとすること、二つ目は、こう力一杯で掴んだり打てばどのようにこちらの技や体がつかわれるかを知ることである。道場で稽古している稽古人達は皆合気道の技を精進しにきているわけだから、稽古の目的は同じである。それが分かれば、相手がどのように掴んだり打ったりしてもこちらのいい稽古になるわけだし、ならなければならない。

しかし、受けの相手が力一杯掴んできたり、打ち込んできたりするのを捌くのは容易ではないのは確かであるが、それが当然である。やるべきことを見つけ、身につけて体と技をつくり、そしてその体と技を法則に合してつかわなければならないのである。ただ、力や体力をつけ、その力と体力で技をつかっても限界がある。
そのいい例が呼吸法である。特に諸手取呼吸法である。これは基本中の基本の稽古法である。何故ならば、この諸手取呼吸法が出来る程度にしか合気道の技はつかえないと、有川定輝先生は言われておられたし、事実、この諸手取呼吸法が出来る程度に技が変わっていくようだからである。

諸手取呼吸法についてはこれまで研究してきたように、先ずは相手の二本の手より強い力が出る体幹、つまり腰腹をつかわなければならない。手と腹を結び、腹で手をつかうのである。
これで手を掴んでいる相手ある程度のところまでは導くことができるが、その手を受けの相手の首や胸のところでぶつかってしまい、相手が頑張ってしまって倒れてくれないのである。勿論、私自身もこの問題に悩まされて長い間試行錯誤した。

問題が解決してしまうと、その原因と解決策の単純さに呆れてしまう。このような事に何故こんなにも悩まされていたのかと。しかし、よく考えると、その間、いろいろな発見があり、法則が身に着いていたのである。
それでは、この諸手取呼吸法の原因と解決策は何であったかというと、“十字“と”天地の呼吸“である。

“十字“とは、これまで研究してきたように、縦と横、上と下などの直角の交わりである。体は各関節や部位が十字に働くように出来ているし、息も縦の天の呼吸と横の地の呼吸と十字である。
合気道の技は陰陽十字が決まりであるから、体と息、そして技は陰陽十字でつかわなければならないことになる。諸手取呼吸法もこの法則に反すれば上手く極まらないわけである。途中で手がぶつかってしまうのは、そこで法則違反をしたわけである。

それでは諸手取呼吸法で、手をどのように十字つかうのかを記す。

  1. 息を吐いて手先に気を流し、腹と結んだ手を出し掴ませる。手の縦の働き。
  2. 腹と結んである手を相手の胴を切るように、重心を他方に移動し、腰を十字になるまで返す。手の横の働き。これは息を引き乍らやる。
  3. 相手が掴んでいる手を上げるわけだが、多くの稽古人はその手を横に返している。2の横の次なので縦に手をつかわなければならないのに横につかっているのである。これは法則違反になるので技にならないのである。ここで相手がしっかり掴んでいる手を上げるためには、掴ませた手を縦に返さなければならない。親指を支点として小指側を返しながら腕を縦に伸ばして(一教運動)上げていき、そこで横に返し、手を相手の首や胸に置き、相手が倒れる態勢をつくる。更に、
  4. 手で倒さないで、息でやる。手で倒そうとすると相手は必ず反発してきて倒れてくれない。息を吐いて気を己の体と相手に落すのだが、これは結構難しい。何故ならば、この吐く息は、天の呼吸に合わなければならないからである。天の呼吸は吐く息であり、○であり、水なのである。1の息もこの天の呼吸に合わせなければならないのである。
因みに、2から3までの呼吸は地の呼吸である。地の呼吸は引く息であり、□(四角)であり、火である。ということは、天と地の呼吸も十字ということになるわけである。

諸手取呼吸法が上手く効かないのは、力不足もあるだろうが、このように天地の呼吸を含む十字で体と息と技をつかわないからということになろう。ということは、すべての合気道の技は十字でやらなければならないということになるだろう。