【第751回】 やるべき事はまだまだある
合気道は半世紀以上続けているので、ひと通りの形と基本的な技は身に付けたと思っていたが、まだまだやるべき事があることに気づかされた。これまでやって来たことをもっと掘り下げ、研究しなければならないということである。
それに気がつくきっかけは、手刀のつかい方であった。晩年の有川定輝先生の講習会で先生が教えて下さった事の重要性にやっと気がついたのである。
通常の稽古で手刀をしっかりと意識して稽古することはほとんどなかった。精々、手を剣のように刃筋を立てるよう手をつかうとか、名刀のように折れ曲がらないように手をつかうというぐらいである。
しかし、有川先生の手のつかい方、手刀は更に深く、武道的な強靱さと芸術的な美しさがあり、そしてそれには納得できる理合いがあったのである。そしてこのようなつかい方をしなければ、求めている条理の技は会得できるわけがないと分かったわけである。ただ技の稽古を続けて行くのではなく、やるべき事をやらなければならないという事が分かったのである。
それでは有川先生がその講習会で教えて下さっていた手のつかい方、手刀について大事と思った事を分かる限り書いてみる。
先生はこれを主に正面打ち一教で教えて下さった。手で切り下ろす場合と相手の打ちを受ける場合の手のつかい方、手刀のつかい方である。「 」内が先生の教えである。
- 「手には筋金を入れて芯をつくらなければならない。」
手が折れ曲がらないように、力が出るためには必須であるから、手先から胸鎖関節まで筋金をいれて、芯のある手にするということであろう。このためには、手の各部位(手首、肘、肩、胸鎖関節)が各自自由に機能するようにし、そして一本の手としても働けるように鍛えなければならないことになる。
- 「手刀にも筋金を入れ、芯をつくる。」
相手の手を打ち、切り、抑えるのは手刀の部位。手刀は、小指の付根(中手骨)と尺骨の間の膨らんだ箇所。この箇所で正面打ちや横面打ちの手を押さえなければならないが難しい。稽古で出来るようにするしかないと云われていた。思い返すと、有川先生は常にあやまたず手刀で相手の手(手首、肘)に接しておられた。
- 「天に向かって手を上げる」
手は手先が天に向くように上げる。正中線上を上げ、手先が頭の真上に来るようにする。
- 「手は天と地を結ぶ」
天に向かって手を上げ、地に手を打ち下ろすが、天と地を結ぶつもりでやれということだと思う。そうすると、手と足が同時に地に結ぶことになる。
- 「手刀を意識して切る」
力一杯手刀で打ち下ろしたり、切り下ろす場合は、半身の態勢から腹を正面に向け、手を大きく振り、肘を入れる。半身と真向い、一重身の違いのご説明もあった。
- 「肘を入れて切る」
切る際、打つ際は肩を中心とする円の軌跡から、手首や肘を中心とする円に変える。ただ振り下ろしても切れないと云われていた。
- 「腰をつかい、胸を拡げる。」
これが有川先生の力強い打ちや切りであるように思う。
- 「手刀の打ち方は、手全体を上げる。そのために肩の四つの関節(肩甲上腕関節、肩鎖関節、胸鎖関節、肩峰下関節)をつかって上げる。打ち下ろす際は胸鎖関節から落す。」
尚、有川先生は、これらの関節、及び前出しの小指の付根(中手骨)等をご説明されたが、他の関節や筋肉などの名称や機能も熟知されておられたことに感服させられた。
- 「手刀は手の平の中心の労宮に力を集中し、手の甲には決して力を入れない。」
これは空手の手のつかい方と同じだといわれた。先生の突きや打ちの凄さは、只の鍛練だけではなく、理を追求された結果だと思った。
- 「手刀のつかい方には、打ち、切り、絡む、つかむ、払い、弾き、押さえ、引き、打ち落とし、かわし等がある。」
先生は、これらの手刀のつかい方を見せて下さった。
正面打ちで上げ下げする手でも、手刀を意識しなければならないし、手刀をつかうにも体の中の関節を意識しなければならないのである。ただ、強く打ち、しっかり止め、制すればいいわけではない。到達すべき目標は深く、底がどんどん下がっていく。やる事はまだまだある。上達に終わりがないという事を改めて知らされた。
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