【第743回】 ある経営者の宇宙観

これまで合気道の宇宙観を研究するために、芸術家(例えば、東山魁夷画伯、高橋秀布画伯、奥村土牛画伯、熊谷守一等)や宗教関係者(例えば、円空、五井昌久白光真宏会開祖等)や科学者(矢作直樹医師)等を研究させてもらったが、これまで経済界関係者の宇宙観の研究はない。経済と云うのはど うしても物質文明にある典型的な競争社会の世界である故、我々が目指している宇宙観などとはほど遠い世界だと思っていたからである。

しかし、恥ずかしながら、経済界(近年)にも素晴らしい宇宙観を持ち、その宇宙観でビジネス経営を推進され、大成功されておられる方がいることを知った次第である。
その経営者のお名前は以前からよく知っていたし、どんな仕事をされていたのかも知っていた。最も感銘を受けたのは、経営破綻したJALを再建された事であった。この人は凄い人だなとは思ったが、どうしてそのようなことが出来たのかが分からないままだった。そしてこの度、その不可能とも思えた再建が何故出来たのかが理解できたのである。

その方の名前は稲盛和夫、現京セラ名誉会長である。最近『心』(サンマーク出版)という本が出版され、その中に彼の宇宙観が詳しく述べられており、その宇宙観で自身の企業について、破綻した他社の再建をされたことが書かれているのである。また、揺るぎない宇宙観を持ち、その宇宙観に従えばどんな障壁も乗り越える事が出来るし、何かが支援してくれるなどとも語られているのである。
他社に負けないこと、利益を上げることなどが信条のビジネス界にあって、合気道の宇宙観にも重なる宇宙観に非常に興味を覚えたので、その幾つかを取り上げ、合気道のそれと対比してみたいと思う。

先ず、普通の経営者との違いと思う点である。通常、企業は儲かるためにどうするのかを考えるわけだが、稲盛名誉会長は、何よりも人生の目的が大事であるという。「人生の目的とは、まず一つに心を高めること、いいかえれば魂を磨くことにほかなりません。そしてもう一つ、人生の目的をあげるとすれば、人のため、世の中のために尽くすこと。すなわち『利他の心』で生きることです。」といわれているのである。
合気道の目的とまったく同じである。つまり、合気道の目的は、腕っぷしが強くなるとか、相手より強くなることではなく、目には見えない己の心や魂を磨くことである。また、合気道の大乗の目的は、地上天国、宇宙楽園の建設であり、その生成化育を自ら果たしていく事と、それを果たそうととする人や万有万物を支援したり、それを邪魔するモノを止める(武=矛を止める)ことと合致するだろう。

稲盛名誉会長の、この世を動かしている絶対法則は、「人生で起こってくるあらゆる出来事は、自らの心が引き寄せたものである」である。「したがって、すべてをよい方向へと導こうとするよき思い、他を幸せにしようとする美しい心をもつとき、それは『宇宙の心』と同調・共鳴し、おのずと物事をよい方向へと導くのです」という。
合気道の法則は宇宙の法則である。そして稽古の目標は、宇宙の法則に体と心をつかい、宇宙(の心)と一体化することである。
更に彼は、仕事に没入すれば、『宇宙の真理』にふれられるともいう。
合気道の稽古でも稽古に没入しなければ、宇宙の真理には触れられないということでもある。

次に、感銘を受けたことに、合気道ではよくつかう「心」「魂」「真善美」等の言葉が使われている事である。例えば、「人の心の中心部には「魂」があり、その最も深い、核心ともいうべきところには「真我」がある。真我とは「真善美」という言葉がふさわしい、もっとも純粋でもっとも美しい心です」とある。
合気道ではこの真善美に関して「人間の根本義は志操、篤実、品行方正にして、慈善心、至誠心あることを必要とし、真善美を基に、これを保つことである。」(合気神髄 P.110)と人間の根本義の基であるということで、最も深い、核心にある真我ということになろう。ただし、魂に関しては合気道の魂魄や一霊四魂などの考え方と多少違うように思える。

今まで不思議に思い、この不思議は偶然なのか、それとも何か法則があるのかと思っていたことに回答を与えてくれたものがある。
その一つは、技で悩み続けているとき、何モノかがその悩みを氷解してくれることがよくあることである。
稲盛名誉会長は、これを『神のささやき』といい、「これは未来を信じて一歩一歩、着実に歩んでいる人だけが手にできる天からの“ごほうび”といっていいだろう」といわれているのである。
頑張れば、『神のささやき』、天からの“ごほうび”が出るという法則があるということである。法則ということなので、合気道にも、芸術にも、宗教にも、そして経営にもあることになるわけである。

もう一つ、運である。運にも法則があるという。やはり心によって呼び込むという。心も持ち方で運を呼び、そして運命の師や伴侶に出会うことが出来るという。自分自身のことを思い返してみると、要所々々で自分の運命を決めた方々にお会いしている。つまり、これらの方々との出会いが無ければ、人生は大きく変わっており、それも悪い方に変わっていたと思えるから、運に感謝しかない。

最後にもう一つ、稲盛名誉会長は心の力が数々の不思議な現象をもたらすという。例えば、出張に行く直前まで雨が降ったり荒天でも、晴天に恵まれるとのことである。これで思い出すのは、大先生も同じような事を体験されている事である。例えば、和歌山の神社の前の広場で奉納演武されるのだが、雨が激しく降ってきて、弟子と共に雨のあがるのを待つが止まないので、雨の中やるかということになり、演武場に入ると、それまで振っていた雨が止み、お日様が顔を出したというのである。
自分の事を思い返してみると、不思議な現象は確かに起こっている。

稲盛名誉会長は「すべては心で始まり、心で終わると」結論付けられておられるわけだが、人は、経営者であれ、武道家であれ、宗教家であれ、芸術家であれ極限まで仕事をしたり、生きていくと、行く着く先は同じになるという法則があることを確信した次第である。