【第742回】 の息の上で技をつかう

息、呼吸は大事である。まずは息の重要性に気づかなければ、真の合気道に進むことは難しいと思う。大先生の教えに従って息をつかわなければならない。大先生が如何に息、呼吸を大事にしなければならないと云われているかを知るべきである。

これまで合気道の技と体は、先ずイクムスビでつかわなければならないと書いた。イーと息を吐いて、クーと息を引き(吸う)、ムーで息を吐いて収めるのである。
このイクムの息づかいで技と体をつかうと、技と体が陰陽十字に動けるようになる。手、足、体幹がしっかりしてくる。
また、柔軟運動での手、足、腰、首の関節をこのイクムの息づかいでやれば、各関節は柔軟になるし、関節を動かす靭帯や筋は柔軟になるし強靭になる。
基本的な合気道の体をつくるためにはイクムスビの息づかいが基礎となると考える。

次の息づかいは阿吽の呼吸である。イクムスビの次に来るという事は、イクムスビを基にした次の息づかいであるということである。つまり、イクムスビが十分に出来なければ阿吽の呼吸は難しいということである。実際、イクムスビと阿吽の呼吸は、初めは重なっており、それほど違わないようである。イクムと吐いて、吸って、吐くのを阿吽の呼吸では吽と息を吐き、阿で息を引き、吽で息を吐いて収めるからである。
しかし、イクムスビと阿吽の呼吸には大きな違いがある。イクムスビは己の手足と腰腹を結び、腰腹で手足をつかうわけだが、阿吽の呼吸は己と天地を結び、天地の息に合わせて己の技と体をつかうということだと考える。天の息と地の息と合わして武技を生むのである。これを大先生は、「天の呼吸は日月の息であり、天の息と地の息と合わして武技を生むのです。地の呼吸は潮の満干で、満干は天地の呼吸の交流によって息をするのであります。天の呼吸により地も呼吸するのであります。」と云われ、これに己の息を合わせ結ばなければならないのである。

この次の息が理の息・呼吸である。はく息はである。ひく息はである。腹中にを収め、自己の呼吸によっての上に収めるという息づかいである。つまり、「息を出す折には丸く息をはき、ひく折には四角になる。そして宇宙の妙精を身中にまるくめぐらし六根を淨め働かすのです。丸くはくことは丁度水の形をし、四角は火の形を示すのであります。丸は天の呼吸を示し、四角は地の呼吸を示す。つまり天の気によって天の呼吸と地の呼吸を合わせて技を生み出す。」ということである。要は、の息の上で技をつかうということである。

この理の息は魄を魂に振り返るために必須な息づかいなのである。この息づかいをしなければ魄に頼る技づかいから抜け出すことはできず行き止まり、そしていずれ体を痛めることになるはずである。
の息は、先述の「腹中にを収め、自己の呼吸によっての上に収める」のだが、地の呼吸の火の息を腹に引いて収め、その上に天の呼吸の水の息を収めるのであるが、吐く息でなく手先などの力で収めると魄の力になってしまうことになる。
これが大先生の教えの「魂が魄の上になり、魄が土台になって魂で導く」であると思う。

大先生は、の息は、「自然界万有の生命の呼吸であり、その息の中には宇宙の実態が入っている。畏れ多いが、日の丸の姿であり、菊のご紋章(写真)と、伺い得ることが出来る。」と云われておられる。

この、の息づかいで、魄の稽古から魂の稽古へ振り返え、そして魂の学びの修行に入っていけることになると考える。