【第741回】 腹と胸

大先生が「武は体の変化の極まりなき栄の道」(『合気神髄』P.159)と言われているように、武技である合気道の技を精進していくためには、体を極まりなくつかっていかなければならないことになる。体を極まりなくつかうようにしていくと、体のつくりや働きの摩訶不思議や素晴らしさに感動し、感謝することになる。

これまで、技を掛けるためには、先ず、手は腹と結んで腹でつかわなければならない。次に、手と足を結んでつかわなければならない。更に、手の関節部である、手首、肘、肩、胸鎖関節と足の足首、膝、腰をそれぞれ結んでつかわなければならないと書いた。

これで技が掛けられるようになってくると、新たなことに気がつくことになる。
一つは、手の元締めは胸であり、そして足の元締めが腹であるということである。手首、肘、肩の力と気は胸に収まり、そして胸から肩、肘、手首に力と気を流すからである。胸とは手の終点の胸鎖関節部である。尚、力と気を出すのは、これらの関節を支点とした先の部位であり、その先の部位が折れたり歪まぬよう一本につかうことである。
同じように、下肢の足首、膝、腰の力と気は腹に収まり、そして腹から腰、膝、足首に力と気を流すから腹は足の元締めなのである。
二つ目は、上肢の手は下肢の元締めである腹とは直接結んでいないということである。その証拠に、手を無暗につかっても腹の力が手先に集まらない。これを腕力といい、合気道では否とされるのである。
また、下肢の足は上肢の元締めである胸には直接結んでいないことである。
下肢や腹がしっかりしていても、上肢はそれに従ってしっかりしないだろう。

それ故、いい技をつかうためには、下肢の元締めである腹と上肢の元締めである胸を結ばなければならない事になる。しかし、腹と胸を結ぼうとしても上手くいかないはずである。腹と胸を結ぼうと力むと、他の手と足の部位の力と気が抜けてしまうし、自爆したように動けなくなるはずだ。
腹と胸を結ぶためには、手の各部位とその対照になる足の部位を結びながら、力と気を手先から手首、肘、肩、胸(胸鎖関節)に流し集め、胸を気で満たし、そして同じように足先からの力と気を足首、膝、腰、腹に集め、腹を気で満たすと胸と腹に気が満ちる。そこではじめて胸と腹が結ぶのである。
この胸と腹を結んだ状態になれば、この結んだ胸と腹で技がつかえるし、剣もつかえる。例えば、四教手首抑えはこの胸と腹を結んだ状態で胸と腹をつかう技であろう。
勿論、この状態から、肩と腰、肘と膝、手首と足首でも技も剣もつかえる。例えば、二教小手回しは、この胸と腹を結んだ状態で肘と膝をつかうものであると思う。