【第740回】 殻を破っていく

自分が変わって行くということは殻を破っていく事ではないかと思う。80年ほど生きて来てちょっと振り返ってみるとそう思えるのである。もしあの時、殻を破っていなければ、今の自分はなかっただろうし、また、いろいろな殻を破ってきたものだと思うのである。
子供の頃は田舎の町に住んでいたが、高校を出たら、親元を離れて都会の東京に行こうと決めていた。田舎の殻を破って都会に出たわけである。日本の首都である東京で5年ほど暮らしたが、そのまま就職して日本で暮らすのは面白くないと思い、外国を体験すべくドイツに渡航した。日本の殻を破って外国の殻に入ったわけである。このお陰でドイツの企業で就職することになり、数年勤めて日本支社に転勤となった。日本に戻って気がついたことは、ドイツとは働き方が違う事、働くことに関する考え方が違う事、日本の社会インフラが遅れていること、当時のデザインのみすぼらしかったこと等など、日本にいては気がつかないことに気がついた。日本がよくわかったということである。日本が分かるためには、それと対比する外国を知らなければならなかったわけである。
この仕事の後、世界最大の見本市の仕事をすることになるのだが、お陰で多くの友人ができ、今でも親しく付き合っている。
日本の殻を破り世界の殻に入ると日本がよく見えるようになるものである。
しかし、殻はこれでお終いではない。世界の殻に閉じ籠っているだけでは進歩はない。次の殻に入ることである。それは宇宙の殻で生きる事である。宇宙の殻に入り、宇宙規模で物事を考えるようになれば、アメリカとか中国などと争う馬鹿々々しさがわかるはずである。これが合気道の宇宙観であろう。

殻を破って成長していくのは人間だけではなく、卵の殻を破る鳥、殻を脱ぎ捨てて出てくるエビやカニ、脱皮する昆虫や蛇等々もそうである。これらの生き物は意識して殻を破っているわけではなく、無意識、つまり本能でそうしているわけだが、人間も無意識で殻を破っているところもある。
胎児は胎嚢の殻を破り、お母さんのお腹の殻から出る。そして幼児の殻、子供の殻、青少年の殻、大人の殻、高齢者の殻と自然に殻を破りながら成長しているのである。大人の殻に入ると、それまでの殻にあった自分がよく見えるようになる。更に自分が変わるためにはこの大人の殻を破って次の殻に入らなければならない。それは“一人前の大人の殻“である。そうすれば、その前の大人は、まだ”半人前の大人”であったことが分かるはずである。これからは、この“一人前の大人の殻“で過ごすことになろう。

「殻」とは、“世界”とも云っていいだろう。そして「殻」には、空間的な殻と時間的な殻があるだろう。先例の田舎から、都会、外国などの殻は空間的な殻であり、幼児から高齢者までの殻は時間的な殻であろう。
しかし「殻」は「次元」でもあると思う。
現在は物質文明の魄の世界であるが、合気道ではこの魄を土台にして魂の精神世界へ振り替えなければならないと教えている。魄の世界の殻に閉じ篭もっていないで、その殻を破り、心の世界に入り、そして創っていかなければならないということである。目に見えるモノだけに価値をおくのではなく、見えないモノを大事にしなければならないのである。顕界という殻を破って幽界という殻に移ることである。幽界の次元の殻に入ると、破った前の顕界が見えてくる。
これも合気道の教え、合気道は魂の学びである。