【第740回】 親指の指の“親“

手には五本の指がある。親指、人差指、中指、薬指、小指である。親指以外の指の名前は、人差指は人を指さす際につかう指、中指は五本の真中にある指、薬指は薬をぬる時につかう指、小指は一番小さな指というように、外観や機能・役割からつけられた名前であると分かる。しかし、親指の“親”とはどういう意味なのか、何故この親指が親指といわれるのか、分かっているようで分からないので考えてみることにした。

親指の親には二つの意味があると思う。
一つは外見的からの意味。五本の指の中で一番太くてがっしりしているから、まるで四人の子供を従えた親のように見えることである。これは目で見えるので問題ないだろう。
二つ目は親指の機能役割からの意味である。親指がしっかりし、中心にどっかと構えていないと、他の子供の四本の指が十分に働けないのである。合気道での技をつかう際に、この親指を“親”としてつかわないと技は効かないものである。それがよく現われるのが「坐技呼吸法」や「片手取り呼吸法」であろう。親指に気と力を満たし、このがっちりした親指を支点として他の指を返していくのである。初心者は支点となる親指を動かしてしまうので力が分散してしまい、十分な力が出ず、技にならないのである。
この親指に気と力を満たし、これを支点として動かさずに手をつかう基本の稽古が「逆半身片手取り転換法」である。これが上手く出来なければ「片手取り呼吸法」も出来ないし、「坐技呼吸法」も出来ないことになるわけである。

30年ほど前だったと思うが、有川先生の稽古が終わって帰ろうとすると、事務所におられた先生から声を掛けられたので中に入ると、手の指を思い切り拡げて見ろと言われた。手を思い切り拡げたところで先生は、私の人差し指と中指、中指と薬指を先生の親指と人差し指で挟んで、私の人差し指と中指、そして中指と薬指のその二本の指を軽くくっつけられてしまわれ、そして「まだまだな」と言われたのである。確かに、当時の私の指はふにゃふにゃだったので、別に情けないとは思わなかったし、また、二本の指にどんなに力を入れて拡げても、くっつけられないようにするのは不可能であるとも思ったので、先生の真意は分からなかったし、このことは今日まで忘れていた。

しかし、今やっと先生の真意が分かったような気がする。
指同士がくっつかないよう強靱な指にするポイントは、親指にあり、そしてその親指と各々の指がしっかり結びつくことである。
親指を強靭にし、そして各指を一本々々強靱にするのはそう難しくはないが、親指と子供たちの指をしっかり結ぶのは多少の訓練がいるだろう。息でやらなければならないからである。指にイーと息を吐きながら力と気を入れ指先を伸ばし、クーで息と気を引き乍ら更に指先を伸ばし、ムーで息と気を吐いて更に指先を伸ばすのである。
この息づかいで五本の指を伸ばすと手の平が広がり、自然と指と指がしっかり結びつくようになる。
次は強靭になった親指と強靭になった任意の子供の指とを息と気でしっかり結べばいい。親指としっかり結んでいれば、多少の力で抑えられてもくっつくことはなくなる。
つまり、これが有川先生が教えようとされていた事だったはずである。