【第736回】 基本準備動作に極意がある

私が合気道に入門して、大先生がご健在だった頃は、大先生をはじめ、教えておられた先生方も今の様な準備体操はしなかった。準備体操ではなく、基本準備動作の幾つかをやっていた。
基本準備動作とは、技を掛ける際につかう体と体の部位を柔軟にするのに加え、強靭にしたり、部位同士が上手く連携して働くようにする運動であると思う。今の準備運動は、主に体と体の部位を伸ばし、慣らすストレッチ運動であり、一般的にはある特定の箇所の運動であり、技とは結びつかないと云えよう。

二代目植芝吉祥丸道主は、基本準備動作には、単独動作と相対動作と呼吸力の養成法(呼吸法)があるとされ、また、単独動作には、体の進展、体の変化、呼吸転換法、手首関節柔軟法を挙げられ、相対動作には、体の転換法、背伸運動を挙げられておられる。また呼吸法には、坐法と立ち技を挙げておられる。(『合気道技法』)そして吉祥丸道主はその重要性を強調されておられるのである。

過って我々若い入門者はこれらの基本準備動作の重要性に気づいておらず、あまり興味がなく、早く投げ合い受けを取り合う技の稽古をしたくてうずうずしていたものである。しかし、今になってようやく基本準備動作の重要性に気がつたのである。

基本準備動作を道場稽古の前や自主稽古でやっている。主に単独動作である。例えば、いつもやっているのは、手首関節柔軟法、船こぎ運動、四股踏み運動、受け身等である。尚、四股踏み運動を吉祥丸道主は合気道の基本準備動作に入れておられないが、合気道にとっても、素晴らしい基本準備動作だと確信している。何故ならば、四股踏み運動から、合気道の技のために多くの事が学べるからである。換言すれば、四股踏み運動には多くの合気道の極意があるということである。つまり、この中にある大事な事を無視したり、出来なければいい技はつかえないということである。例えば、天の息を地に下してから地の息をつかうのだが、天の吐く息に日の息と月の息があり、この天の息を地に下ろしてから横の地の息で手足をつかわなければならない事などは、四股を踏まないと実感できないのではないかと思うからである。
また、最近四股を踏んでいて分かったことは、肩と腰、肘と膝、手先と足先は連動していることであり、連動してつかえば体が安定するだけでなく、合気道の技が効き、また、剣を振っても上手くいくということである。

四股踏み運動と同じく、船こぎ運動にも極意があり、いろいろな教えが入っているようだ。胸を拡げて手と足と頭と胴体の五体を強靭に結ぶのはこの船こぎ運動が最適で、技の稽古だけでは難しいはずである。しっかりした五体をつくるのは最適という事で昔からやられているのだろう。

また、受け身も稽古が終わったらやるようにしている。若い頃は、受け身を取るのが楽しくてよく取ったものだが、年を取ってくると相対稽古でも横着受け身になってしまうので、自主稽古でちょっとだけだが、単独での受け身を稽古している。
受けは、初心者の頃は、丸く転がり、頭を打たないようにするのが主な目的だったわけだが、年を取った今は、起き上がる際に腰を俊敏に切ることにしている。腰が柔軟・強靭になるし、受けも一畳の内で収まるようになる。

基本準備動作での相対動作も出来るだけやるようにしている。主に、片手取り呼吸法、諸手取呼吸法である。呼吸法は基本準備動作であるが、ここにも合気道の技をつかうために不可欠な条理・法則があると考える。過って本部道場で教えておられた有川定輝先生は、技の稽古の前に、よく片手取り呼吸法、諸手取呼吸法から始められておられた。そして先生は、「片手取り呼吸法、諸手取呼吸法などの呼吸法が出来る程度にしか技はつかえない」と言われていたのを今でも覚えている。

諸手取呼吸法は極意技であると考える。相手の二本の手の力より強いものをつかわなければならない事を教えてくれるからである。諸手取呼吸法のその極意が分かれば先に進むことが出来るのである。しかし、容易ではないだろう。片手取り呼吸法でも難しいのである。
片手取り呼吸法にも大事な教えがあり、それをしないと技にならない。その最大の教えは、手先と腰腹を結び、そして腰腹で手をつかうことである。そしてもう一つ、手先を縦横十字につかうことである。
これもまた難しい。この問題を解決するために、元の基本準備動作に戻るといい。前出しの基本準備動作の相対動作での片手取り呼吸転換法を研究すればいい。手を腰腹と結び、手先を縦から横に十字に返さなければ転換できない事がわかるはずである。

技がうまくつかえなかったり、思うように効かないのは、基本準備動作が十分に出来ていないか、間違っているかも知れない。一度、基本準備動作に戻ってみるといいだろう。もう一度いうが、基本準備動作が出来なければ技もその程度にしかつかえないはずである。