【第735回】 デュアルタスクと合気道

人類は高齢化に向かってばく進している。日本も以前は55歳が定年で70、80歳まで生きれば長生きとされていたが、現在では定年は65歳で、100歳まで生きるようになった。過ってと比べて、仕事をやめてから死を迎えるまでの年月が2倍以上長くなったことにより、人類は面食らっているようにも思える。
特に問題なのは、年を取ってくると自分の体と心が自分の思うように働いてくれないことである。その典型は認知症であろう。認知症とは、物忘れや認知機能の低下で、日常生活に支障をきたす症状である。これは脳の神経細胞が障害を受けて死滅し、減少していくことから起こるといわれている。

最近と言うより、数年前からデュアルタスクが注目され、新聞やテレビで取り上げられている。デュアルタスクは、同時に2つの動作を行なうことである。簡単に言うと「頭を使いながら同時に体を動かす」ことであり、「デュアル(2重の)」「タスク(課題)」という名のごとく、頭で計算や語想起などの課題を行いながら、足踏みや腕振りなどの運動を同時に行うことだという。
また、「ウォーキングをしながら足し算や引き算をしたり」,「階段を上りながらしりとりをしたり」、「歩きながら音楽を聴く」「テレビを見ながら洗濯物をたたむ」などはデュアルタスクであるという。
更に、知的判断と運動を同時に行うことを『デュアルタスク』というし、また、広義に言えば、古くから言われている「頭を使ってプレーする」は『デュアルタスク』と言えるとも聞く。

合気道はその意味で、それをわれわれが通常行っている稽古であり、デュアルタスクの最良のものではないかと思う。
合気道は技を錬磨して精進していく武道なので、思考しながら手足を動かすからである。天と地、宇宙と結び、それらの条理に合して手足を動かしていくのである。宇宙的なデュアルタスクである。
更に、体を土台にして、その上に心をのせ、心で体を導くのである。素晴らしい心と体のデュアルタスクである。その上、相手の体と心とも結び、そして己の心で相手の体と心を制し、導くのであるから、ダブルのデュアルタスクである。

合気道は本来、デュアルタスクなのである。万有万物がすべて陰と陽、上と下、表と裏、静と動等々、デュアルで構成され、営まれているという教えなのである。先述の体と心は、二つで一つの働きが出来、片方が欠けても働かないのである。合気道の技と同じように、体(魄)に偏ったり、心(魂)に偏らないよう、心と体はバランスが取れていなければならないのである。

心は脳の働きであるから、心をつくっていくためには、脳を活性化しなければならない。そのためには体を心でつかい、体をつくり、そして心をつくっていかなければならないことになるだろう。相対稽古で技をつかい、体をつかい、技と体と心を練っていくのである。脳の活性化、体と心の活性化になる。

脳の活性化には、また、集中力を高めるのがいいという。確かに認知症の方々は物事に集中できないし、それが問題であるのは確かである。合気道では、いい技を生み出すためには集中力が大事である。集中力は心の集中力と体の集中力が必要である。どちらも欠けないよう、そして表裏一体のバランスが必要である。
合気道を続けて行けば、合気道のデュアルタスクによって、脳の活性化、体の活性化が図られ、健康な体と心で天授を全う出来ると期待している。