【第734回】 胸をつくる

大先生は体も心もつくりあげていかなければならないと教えておられるので、これまで体をつくってきているわけである。それを記録しているのが、この『合気道の体をつくる』の論文である。
“体をつくる”とは、無暗に体を鍛えることではなく、目標があり、理合いがなければならない。この目標は、宇宙との一体化。理合いは、宇宙の営み・法則である。

これまでやってきたことを振りかえってみると、結果として、手足や足先から段々体の中心に向かってつくってきたことが分かる。そして10数年でようやく手(手先から胸鎖関節)と足(足先から腰)に至ったのである。あと残るのは体幹等である。特に腰・腹と胸・背である。

今回はその内、“胸をつくる”研究をしてみる。
何故、胸が大事かというと、一つは上記の順番からくるからであるが、もう一つ、手をつくって、鍛え、そしてその手を腰腹と結んでつかっていこうとしても、手に十分な腰腹からの力、体の力が伝わらないのを感じることである。手と腰腹の繋がりが十分でないということである。
そこでこの手と腰腹をしっかりと結びつけるモノが必要と感じる。そしてその手と腰腹を強固に結びつけるのが胸ということが分かったわけである。

これまでの事を考えてみると、先ず、胸はほとんど意識してこなかった。そのために、技をつかう際に胸が活躍する場がなかった。恐らくこの為に技が上手く掛からなかったのだろう思える。
胸は縮めるのではなく、張らなければならないし、閉じるのではなく開かなければならないのである。大先生や有川先生の胸は、弾けるように張っていたのが思い出される。

胸を張って技をつかうと、手先にこれまでに無かったような大きな力が出てくる。腰腹や体の力が、胸で更に増幅して手に伝わるし、また、これまでの相手と接した手先で力を出したのと違い、胸から手先に力を出すので、弾き返されることもなくなってくる。先生方や上手な先輩の力はこの張った胸の力であったと思える。

それでは、どのように胸をつくるか、胸を鍛えるかということになる。
一言で云えば、息でつくり、息で鍛えるのである。天と地の息でやるのである。取り分け地の息である、塩盈塩ひる(潮満潮ひる)の息で腹と胸をつくっていくのである。
何故、塩盈塩ひるの息で胸がつくられ、鍛えられるかと言うと、その好例に、大先生が「塩盈塩ひる金剛不壊の珠」と言われているからである。塩盈塩ひるの息は、頑強で壊れない玉、赤玉と白玉であるのである。
息を吸うとまずお腹に息が満ちお腹が玉のように膨れる(赤玉)、さらに息を引き続けると胸が玉のように膨れる(白玉)。この赤玉も白玉も息と気ではち切れそうに膨れるが、それはまさしく“金剛不壊の珠”と感得するのである。

相対稽古で、技と体をこの息づかいでつかっていけば胸は出来ていく。
また、木刀の素振りでも、この金剛不壊の赤玉、白玉を意識して振れば胸は出来るし、四股を踏んでも、この息づかいで胸ができる。が、一番いいのは、日常生活の歩行や座りなどでこれを意識してやっていくのがいいはずである。胸を張って歩き、坐るのである。

尚、胸を鍛えるというと、ストレッチとか筋トレを考えるだろうが、それは合気道の胸を鍛えるにはならないはずである。ストレッチとか筋トレは部分的な箇所を鍛える効果はあるが、合気道は全体との結びと働きのために鍛えるのである。つまり体全体が最良に機能するために、その箇所を鍛えるのであり、その箇所を鍛えることによって、体全体がよりよく機能するという事である。勿論、ストレッチとか筋トレも正しい目標ややりたい気持ちがあれば大いにやればいい。
ただ、人は簡単で容易な方に行きがちだから注意しなければならないと言いたいだけである。