【第733回】 浮き上がらせる

魄の稽古をしている内は、相対稽古での相手が大きかったり、腕力があると技が上手く掛からず、段々敬遠してそういう相手との稽古を避けるようになるはずだ。相手は重いし、力もあるので、思うように技がつかえず、そして相手が倒れてくれないからである。

大先生は、相手が大きかろうが、重かろうが関係ないのが合気道であるとよく言われていたが、それがようやくわかってきた。
何故、重かったり強かったりする相手に関係なく、技がつかえることになるかというと、相手が自ら倒れるからである。自分で倒れてくれるわけだから、相手の大小や強弱など関係ないという事になるわけである。合気道は倒すのではなく、相手が自ら倒れるのである。
しかし、その為には相手と一体化すること、浮き上がらせることが必要になる。相手と一体化することと相手が浮き上がることによって、体重や力の強さには関係がなくなるのである。これで大先生が、合気道は相手に関係がないと言われていた意味がよくわかるのである。

しかし、相手と一体化することも相手を浮き上がらすことも容易ではない。教わってもなかなか出来ないのである。
相手と接した瞬間に相手とくっついてしまい、相手と一体化し、己の一部とするわけだが、このためにも十分な稽古が必要であり、いろいろなことを身に付けなければならないのである。例えば、手先と腰腹を結び、肩を貫き、手をイクムスビのイーの息づかい等を身に付けなければならないのである。相手と一体化することに関しては、これまで何度も書いてきているので詳細は省く。

次に、相手を浮かすことである。技をつかって相手を浮き上がらせてしまうのである。
まず大先生は、この浮き上がらせることを、どのように言われているのかというと、「合気はまず十字に結んで天ていから地てい息陰陽水火の結びで、己れの息を合わせて結んで、魄と魂の岩戸開きをしなければならない。宇宙を動かす力を持っていなければいけない。天の運化が、すべての組織を浮きあがらせ、魄と魂の二つの岩戸開きをする。これをしなくてはいけない。」(合気神髄p88)と言われているのである。要は「天の運化が、すべての組織を浮きあがらせる」というのである。この“すべて”には、技を掛ける相手も含まれているから、相手は天の運化で浮き上がらせることができるということになる。天の運化とは、これまで良くつかわれてきた“宇宙の営み”であるはずである。ということは、技と体を宇宙の営み、天地の営みに合わせて、そして宇宙の法則に合してつかえばいいことになる。

例えば、武技を生むのは天地の息であるが、この天地の息で相手を浮かすことが出来るようである。どのような呼吸であるかというと、以前にも書いているが次のようなものである。
「天の呼吸は日月の息であり、天の息と地の息と合わして武技を生むのです。地の呼吸は潮の満干で、満干は天地の呼吸の交流によって息をするのであります。天の呼吸により地も呼吸するのであります。」(『武産合気』P.76)
とりわけ、月の息と潮満の地の息で相手を浮かすことが出来るようである。

しかし、この天地の呼吸で相手を浮かすためには、やらなければならないことがある。
一つは、阿吽の呼吸でやらなければならないことである。
二つ目は、魄を土台にして、その上・表に魂を出し、魂で己の体と相手を制し、導けるようにしなければならないことである。自分が培ってきた体力・腕力(魄)を土台にしてそれを前に出さず、その土台の上・表に心(魂)を置き、心で技をつかうのである。

かって或る大先輩が、気に満ちた大先生の受けを取られた時、体全体が浮き上がってしまいそうになったので、とっさに足の指で畳を必死でつかんだと言われていたが、合気道の技は相手を浮き上がらせてしまうものなのである。
自分には、まだそれほどの力は出せないが、この大先生の強烈な技を目指し、そして大先生の教えに従って修業を続け、更に相手が浮き上がるようにしたいものと思っている。