【第719回】 問題のある社会を直せるのは高齢者

昨今、身の回りの社会を見ると気が重くなる。街を歩く人たち、電車に乗っている乗客たちに精気がないし、それもどんどん薄れているように見える。
精気がないのは、生きている張り合いがないことや先に夢や希望がないからだと思う。
それが原因で、犯罪がどんどん増えていると考える。テレビや新聞で毎日のように犯罪は取り上げられている。人を殺して金を奪うとか、家族を殺してしまったとか、養護施設にある人達を殺してしまったとか等々である。

また、殺人を犯しているのに、反省の気持ちが見受けられなくなってくる傾向があるのも気になる。死刑は嫌だが、無期懲役だったから満足というから普通の人には理解できないだろう。
罪を犯す側に立って想像するに、生きていても面白くないし、先に希望がないので、自分も社会もどうでもいいということではないかと推測する。人間、希望がなく、夢が無くなれば悲劇である。

社会にもいろいろな社会がある。家族社会、地域社会、国社会、また、武道社会そして合気道社会などがあるが、その各々の社会にある人は、夢と希望を持つべきだ。そしてその各々の社会はそこにある人達に夢と希望を持たせ、そしてそれが叶えられるような社会づくりをしなければならないと考える。合気道の教えによれば、各社会で楽園建設をしていくということである。

昨今の社会の根本的な問題の原因は、次の三つに集約されると考えている。

しかしながら、物質文明社会や競争社会は理想の社会ではないはずなので、変えていかなければならない。
小乗社会を大乗社会に、物質文明社会を精神文明社会に、そして競争社会を愛の社会に変えていくのである。
これは合気道の教えと全く同じである。
合気道もはじめの内は、自分のための稽古である小乗の稽古であり、また、体力や腕力に頼る魄力の稽古であり、相手に負けないよう、そして相手を投げたり抑える事が目的になる相対的な競争・勝負の稽古である。
が、これは次の真の合気道への土台づくりなのである。真の合気道は、大乗、精神科学、相手そして宇宙と一体化する愛なのである。

合気道でも然りだが、社会に於いて、小乗社会を大乗社会に、物質文明社会を精神文明社会に、そして競争社会を愛の社会に変えていく事ができるのは、間違いなく高齢者であると考える。若者たちは若者としてやるべき事があるし、高齢にならないと分からないからである。

高齢者が社会に於いて、小乗社会を大乗社会に、物質文明社会を精神文明社会に、そして競争社会を愛の社会に変えていく努力をするのを若者たちや社会が見れば、若者たちも生きる意味や張り合いを持つはずである。俺も私も高齢者になれば、あのように生きる事できるのか、そして生きようと思うはずである。
勿論、合気道でも高齢者が真の合気道で大乗の合気道、魂の学びの合気道、宇宙・万有万物との一体化の愛の合気道をやれば、若者は奮発し、更なる精進をするはずである。

問題のある社会を直せるのは高齢者が頑張るほかないようだと案が得ている。