【第713回】 菱形筋りょうけいきん

技を効かせるためには強靭な名刀のような手をつかわなければならないと書いてきた。しかし手を折れ曲がらずに強靱な名刀としてつかうのは容易ではないようだ。勿論、手・腕をただ突っ張るのはそれほど難しくないが、それでも手先、指先が伸びきらずに縮んでしまう。ましてや強靱な手をつくったとしても、それを技でつかうのは難しいものである。
自分が出来るから相手も出来るものと思うのは正しくないが、出来ないのには原因があるはずで、その原因が分かれば相手も出来るようになるはずだと考える。自分が出来ていれば分かるものだし、勿論、出来ていなければ分からない。

しっかりした手でも技が効かない最大の理由は、技を掛ける手先と腰腹が十分に繋がっておらず、腰腹の力が手先に十分伝わらないためであると見る。そこで何故、手が腰腹と繋がらないのかを観察してみると、手と腰腹を繋げるものが機能しないからだということを見つけた。

その手と腰腹を繋げるものは「菱形筋」である。この菱形筋に働いてもらうことによって、手が張り、折れ曲がらずに強靱な名刀としてつかうことが出来るのである。
しかし、菱形筋があるからこれをつかったわけではない。手が名刀のように働くようになった際に“ここ”を遣うと上手くいくということが分かり、“ここ”を調べたら、ここが菱形筋ということが分かったのである。
そしてこの菱形筋がボールを扱うスポーツ、例えば野球ではボールを投げるにも、バットを振るにも非常に重要であることも分かってきたのである。

菱形筋(赤い部位)
菱形筋とはどんな筋肉かというと、脊椎から起こり、左右の肩甲骨に停止する、一対の筋。また僧帽筋の深部にある。場所と形を右図に示す。

菱形筋の主な働きは、肩甲骨を後ろに引く作用であるという。従って、この菱形筋をつかわないと、手の力は肩で止まってしまうことになり、大きな力は出ないし、肩に負担が掛かり肩を痛めることになるわけである。
合気道の原則(即ち宇宙の法則)の一つに、体は中心より外(末端)に外につかっていかなければならないから、手を動かす前にこの菱形筋をつかわなければならない事になる。菱形筋を開いたり縮めて肩甲骨を後ろに引いたり、前に出したりして手をつかうのである。菱形筋をつかうことによって、手が強靭になり、強力な力、緩急自在の力と動き、ゆったりした動きが出るようになる。更に重要な事がある。先述したように、合気道の技は、魄を土台にしてその上に魂をのせ、その魂で掛けなければならないが、このためには菱形筋の働きが必要不可欠なようなのである。

しかし、菱形筋に働いてもらうのは一寸難しい。菱形筋はこれを覆っている僧帽筋と違って、深部にある深層筋であるために、腕立てや木刀を振るなどの体的、物理的な方法では鍛えられないことである。
それではどう鍛えるかというと、言うなれば、息で鍛えるのである。息で手を強靭にしたように、技を練りながら、また、剣や杖を振る場合も、イクムスビや阿吽の呼吸で菱形筋をつかっていくのである。

菱形筋をつかうようになると技は変わるはずであるから、技が変わるように菱形筋を鍛えなければならないことになる。


参考文献  フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』