【第709回】 物質的満足から精神的満足へ

年を取ってくるに従い、若い頃とはどんどん変わっていくようだ。まず、体力が落ちてくる。持続力や耐久力や腕力が落ちてくる。食欲も落ちてくるし、睡眠も浅く短くなる。これらを若い頃の様に戻すことはできないので、少しでもその減退速度を落とす努力をするほかない。毎日欠かさず禊ぎをしたり、食事もしっかり摂る様にしたり、夜更かしをしないでしっかり寝るようにしている。特に体重には気をつかい、事ある毎に体重を計っている。

年を取って来ても悪い方に変わっていくだけではない。いい方にも変わっていく。
まず、時間を自由に使えるし、その時間が潤沢にあるということである。自分の好きな事、やりたい事、やるべき事が自由に出来るのである。誰からも指図されず、自分の思うように出来るのである。学生時代や会社時代の若い頃に望んでいた事ができるようになるわけで、幸せな時期に居ることになる。

また、変わったのは価値観、満足感である。若い頃は、物や金や知名などの為に頑張ってきたが、年を取るとこれらのモノには興味が無くなってくる。自分がモノに対して興味が無くなってくると、他人の財産や知名の大小にも興味が無くなってくる。
この反面、自分の心や気持ちを大事にするようになる。喜ぶ心、感動する気持ちを大事する。自分が頑張る心、挑戦して成功した時の喜びの心、いい映画を見た時の感動の心、また、他人のやさしい気持ち、子供の純粋な心や仕草等々である。

年を取ってくると、物質的満足から精神的満足へと変わっていくようである。
これまでの見えるモノから見えないモノに興味を持つようになってくるわけである。目に見える表面ではなく、その裏にあるコトに興味を持ち、感動するのである。
これは合気道修業の上達のステップに合っていて面白いと思う。合気道では、まず、形から入り、腕力という魄の力の物質科学で技を掛ける魄の稽古である。この次元では物質的満足が得られるわけである。これが若い頃の稽古である。
次に、この魄の稽古で培った魄(体、力)を土台にして魂(心、念)で技と体をつかうようにしなければならないわけだが、ここから精神的満足が得られることになる。勿論、これは容易ではない。特に、これはある程度高齢にならないと難しいと考える。
尚、この合気道に於ける精神的満足は、物質的満足の土台の上に生まれるわけだから、日常生活に於いても、精神的満足を得るためには、その土台となる物質的満足の土台が必要になるだろう。合気道の植芝盛平開祖は「世の中はすべて根本は経済であります。経済が安定してはじめて、そこに道が拓けるのであります」と言われているように、少なくとも最低の衣食住が保持できる経済、つまり物質的満足は必要である。勿論、この物質的満足には健康も含まれる。健康が掛けても精神的満足を得ることは出来ないからである。