【第702回】 武の力を出す

合気道の稽古を始めて基本の形(かた)を覚える時期は、日常生活で使っている力でやっている。形を覚えるのだからそれで支障も問題もない。
そして基本の形をある程度覚えたころになると、相手を倒そう、極めようとするようになる。そうすると今度は日常の力に力を籠めてつかうことになる。これは合気道の本来の力ではない、所謂、腕力であるが、これも必要である。何故ならば、これで筋肉がつき、体力が増進し、体が出来るからである。

筋肉がつき、体ができ、腕力がつくと相手が倒れるので、ますます腕力に頼ることになり、そしてこれが結構長い期間続くことになる。
しかしその内に腕力では倒せなくなることに度々遭遇することになる。相手も同じように筋肉をつけ、体を鍛え、腕力をつけるようになっているわけだからである。みんな同じ道を歩いて、同じことをやっているのである。
そういう訳で、腕力と腕力の稽古となる。腕力や体力の弱い方は投げられ、極められてしまうことになる。だからやられまいと筋トレをする人も現れるわけである。

この腕力と腕力のぶつかり合う稽古の段階から抜け出すためには、二つの方法がある。
一つは、己の体を腕力以上の力が出るようにつかうことである。例えば、片手取り呼吸法では、一本の手を一本の手で掴ませるので、腕力勝負になるが、諸手取呼吸法になると、一本の手に二本の手であるから勝負にならない。相手の二本の手より強いモノの力をつかわなければならないことになる。それは体幹(胴)である。胴の力で相手の諸手を制すればいいのである。要は手先と腰腹を結び、腰腹で手をつかうのである。
二つ目は、技の段階に入ることである。技を身に着けて、相手の腕力を制するのである。宇宙の法則を身につけ、体をつかい、技をつかうのである。陰陽十字などの法則を会得していくのである。腕力とは異質の力が出てきて、相手の力を抜いたり、相手とくっついたり、相手を制し、導くのである。

ここまでは以前にも書いてきたが、更なる力があり、それをつかわなければならないと思う。それははたから見ても、日常の力、一般人の力とは思われないような力である。
それを“武の力”いう事にする。
大先生は勿論のこと、かって本部で教えておられた、斉藤守弘先生、藤平光一先生、多田宏先生、有川定輝先生等は体全体から武の力(気)が発散していたし、技を掛けられた時の力はまさしく武の力だった。

武の力とは、その気になれば誰をも殲滅させることができるような強力な力であり、どんな敵の攻撃をも止めることのできるような力。どんな者をも包み込んでしまうような力と言えよう。
また、武の力は、腕力のように手だけの力ではなく、言うなれば、手を含めた五体の力である。つまり、体幹と手足と首の力である。

次にこの武の力を出すためにはどうすればいいのかということになる。
中心は体幹である。体幹に手、足、首を固着したり、緩和したりして、体幹からの力を手に出すのである。
この出し方をもう少し詳しく説明する。

  1. 阿吽のンーで腹に力を集めると、体幹は肩と股関節と首のところで、手と足と首とを固着し一体化する
  2. アーで腹に息を入れると、体幹と肩と股関節と首の固着が解けるが、結びついたまま力と気(エネルギー)が流れる。力と気は手先だけでなく、足先から地、首から頭そして天に流れる。
    この状態が、手だけではなく、体全体に武の力が満ちている状態なのである。
体幹と肩と股関節と首との固着と緩和をしながら、この武の力で技をつかえば、これまでとまた違った優良な力が出るだろうし、合気道という武道をやっているという実感が持てるようだ。