【第691回】 法則で技と体をつかう

合気道は技を錬磨して精進していく武道である。武道であるから、掛けた技で相手は倒れなければ、その技は失敗作ということになるが、技は相手を倒すことが目的ではない。ここに合気道の奥深さと他の武道との違いがあり、新しい武道と称する由縁と考える。

技の錬磨にはいろいろな意味があると思う。
一つは、技(正確には一教や四方投げ等の形)を繰り返し稽古をしていくこと。二つ目は、陰陽や十字等の宇宙の営みを形稽古の中から見つけ、身につけていくこと。三つ目は、見つけた法則を、他の技で試し、反省し、会得していくこと等を意味すると考える。

合気道の基本技(形)はそれほど多くないが、打ったり、掴む箇所が1cm違えば違ってくるので、無限にあることにもなり、それに対応する技も無限ということにもなる。
更に、合気道の攻撃、つまり、打ったり、掴む箇所や掴む方法(片手、両手等)によって、技のつかい方や体のつかい方が変わってくるので、ある技やある体の部位を鍛える事ができることである。例えば、後ろ両手取りは、体の表をつかう稽古に最適だし、相手と一体化する感覚が最も掴みやすい稽古法であると思う。

上記の技の錬磨の一つ目は、初心者も誰でもやっている技の錬磨であるが、多くの稽古人は、この技の錬磨で満足してしまうようだ。そして、この覚えた形で相手を投げるわけだが、これは形であって技ではないので、相手がちょっと頑張れば、ぶつかったり、動かなくなってしまうのである。後は腕力に頼るしかなくなる。
真の合気道は、二つ目の陰陽や十字等の宇宙の営みを形稽古の中から見つけ、身につけていくことから始まると考える。しかし、この次元に入るのは中々難しい。自分自身の経験と、まわりの後輩を見ているとそう思えるのである。
私の場合の様に、いい指導者に導かれなければこの次元には入れないのではないかと思う。運、そして後は才能と努力に掛かっている。だから、難しいのである。

上手下手の基準は、宇宙の法則である技を如何に身につけているか、そして呼吸力である。いい技をつかうためには、身につけた法則を総動員し、そして法則で力(呼吸力)を精一杯出すことである。法則で体と技をつかうのである。
すべての技(形)が法則に合していなければならないわけだから、はじめて出くわした技(形)や応用技も、身につけた法則でやればいいことになる。大体はこれで上手く行くようだ。
いつも不思議に思っているが、合気道の技(形)は、法則に則ってやれば上手く出来るようにできていることである。例えば、正面打ち一教や小手返しは、手と足が共に、右左に規則正しく陰陽につかえば、最後は綺麗に収まるのである。上手くいかない場合は、この法則に合していないのである。そういう意味でも合気道の技(形)は素晴らしいと思っている。


更に、この法則で剣をつかえば、合気道の剣道や居合道にもなる。大先生が、合気道は武道の元といわれたことがよくわかる。つまり、合気道でつかわれる法則は、すべての武道でも通用するということだろう。

無限にある宇宙の法則を一つでも多く取り入れ、合気道の技を深め、応用を拡げていきたいものである。