【第663回】  相手の力を抜く

合気道は相対での形稽古で技を掛け合って稽古をするが、受けの相手を投げたり抑えるのは、本当は容易ではないものである。受けの相手は、最後は受けを取るという約束事になっているわけだが、本来の受けの役割は攻撃をすることである。最初に打ったり、掴んだりするだけでなく、途中で隙があれば攻めるのである。受けが真剣に攻めてくれば、容易に技など掛からないはずである。また、受けがしっかり攻めてこないと、技を掛ける側もしっかりした稽古ができず、いい稽古にならないわけだから、しっかり攻めなければならないことになる。

受けのしっかりした攻撃に対して技を極めるのは容易ではない。手先だけでは力も出ないので、技は効かない。技を効かすためには、体を最大限に効率的につかわなければならないことになる。手と腰腹と結び、腰腹で手をつかうのである。そして、手、腰腹、足を陰陽十字でつかっていかなければならない。これは諸手取呼吸法を考えればわかるだろう。

しかし、この諸手取呼吸法も、ある程度までは、相手を制することができるが、このやり方では限界が出てくる。受けの相手も力をつけ、コツを覚えてくるようになり、こちらの手を腰腹でしっかり抑えてくるようになるからである。
そうなると腰腹と腰腹の力の五分と五分となり、相手は倒れない事になるわけである。従って、この段階からも何とか脱出しなければならない事になる。

相手がどんなに力を入れて掴んで来ても、相手が倒れるようにならなければならない。そのためには、相手の力を抜いてしまう事である。相手を、力が抜ける状態にしてしまうのである。諸手取呼吸法でも、こちらの手を掴んでいる相手が浮き上がり、力が入らない状態にするのである。このやり方は「合気道の思想と技 『第664回 手は腰腹からの異質の力で』」に書くことにする。

しかし、相手の力を抜くのは簡単ではないだろう。稽古仲間に、この方法を教えても中々できないのである。
それには原因があることがわかった。それは“肩が貫けていない”ことである。肩が貫けていないと、手先と腰腹が結ぶ事ができないので、力が出ないのである。また、肩が貫けていないと、己の手先の重さや体の重さが感じられないのである。段々分かってくるはずだが、己の手先の重さが感じられないようでは、技にならないのである。まずは、自分の手の重さが感じられるように、肩を貫く稽古をしなければならない。

ここで分かってくることは、合気道の本格的な稽古は、まず、相手の力を抜くことから始めなければならないという事である。しっかり攻撃してくる相手の力を抜いてしまうと、そこから本当の技がつかえるようになり、そしてまた、更なる力が養成されるはずだからである。本当の技とは、宇宙の営み、宇宙の法則に則った技である。真の技は、相手の力を抜いてしまわないと出来ないということである。
また、力とは“引力”という力である。大先生は、「真の武(合気道)とは、相手の全貌を吸収してしまう引力の鍛練です」(武産合気P.31)と言われているのである。強い、上手いとはこの引力の吸収力ということになるわけである。

これまで引力の重要性を幾度となく書いてきた。相手と接する接点で相手をくっつけてしまう引力である。この最初の接点での引力がなければ、相手と一体化できず、相手を自由奔放にさせることになり、相手の力を抜くことも、技を極める事も難しくなるわけである。まずは、接触時点での引力を養成し、大事にすることである。

次は、大先生が言われている、相手の全貌を吸収してしまう引力の鍛練である。相手の力を抜くことで出来るようになると信じる次第である。