【第658回】 天地の軸を大切に

年を取ってくると足腰が弱る。若い頃に比べれば、誰でも足腰は衰えていくのは、自然の理であるから仕方がないだろう。しかし、それに甘えて、衰えに任せていては面白くない。何とかその衰えを減速させたり、他の何かでその衰えをカバーするようにすべきであろう

年だなと思わせる高齢者の典型的な行動に、立って靴下を履いたり、ズボンを履く時、ふらついたり、倒れてしまうのがある。それが何回か続くと、壁などに寄り掛かったり、坐って履くようになる。そして遂には、自分では履けないようになるわけである。

年を取ってきて、足腰が弱り、平衡感覚も鈍化し、立ったまま靴下を履くのが難しくなるようなら、これらをカバーするものをつかえばいい。
それは合気道での体と技をつかう理合いの、天の呼吸(息)との交流である。
天のお力をお借りするのである。天の息と己を結ぶわけだが、難しければ、天を己の気持ちで結べばいい。気持ちと呼吸(息)で結ぶのである。
天の呼吸と結び、交流すると、地にある足とも交流し、天と地の呼吸が交流するようになる。また、体は一本の軸となる。天と地に息は上下(縦)し、そして息は腹を中心に前後左右(横)に出入りする、潮の干満である。

さて、靴下を履くという動作は、この天地の息づかいにおいては、天地に対する十字の横の仕事という事になる。横の仕事を上手くするためには、縦の息づかい、つまり天の呼吸との交流がなければならないわけである。大先生は、「天の呼吸との交流がなければ地動かず」といわれているのである。
靴下を履く前に、天と息と気持ちを結び、天の息との交流をし、天の息に満ちた、しっかりした軸の体をつくることである。天地の軸を大切にすることである。すぐに靴下を履こうとしてもふらついて履けない根本的な理由はここにあると考える。

合気道の技の稽古でも、横の息で手からつかってしまうから上手くいかない。まず、縦の天の息との交流をしてから、手をつかわなければならないことになる。天の息を腹、そして足に縦に落とし、その後、手をつかうのである。

しかし、天の息との交流は容易ではない。それが出来るようにするためには、次のような事を意識し、信じ、実感し、そして活用すればいいだろう。○天を意識する事 ○天が呼吸をしていること ○天地が交流している事等である。

そしてこの為に、草や木、鳥、霧・雨・水蒸気・雲などをよく観察するといいだろう。彼らは天の息との交流をし、天に伸びたり、上がったり、地に根を下ろしたり、飛んだり、急降下したりしているはずである。彼らは、天の息をよく知っており、それと共存し、それを上手につかっているわけである。

また、人は横や下ばかりを見がちである。天を忘れているようなので、天を意識しなければならない。そのためには、天上の神を思うことである。お日様でもいいし、お月様でもいい。日本には八百万の神様が居られるわけだから、神様には事欠かない。
そして神様と交流したいなら、祝詞や詔を唱えればいい。天が間近なものになり、交流できるだろう。