【第652回】 心の支え

私は太平洋戦争が始まった年に生まれたので、戦前や、大正時代、明治時代等は知らないが、戦後の日本社会と現代とは大分様変わりしている。ましてや、戦前や、大正時代、明治時代とはその違いの差は大きいだろうし、正反対になったものも多いように思う。

戦争に負けたために、日本はそれ以前とは大きく変わってしまった。江戸時代の黒船来航によって西洋文化が入ってきたことによるより、大きく変わった。いい方に変わったものもあるが、残念ながら不本意に変わっていくものもある。その最大のものに、日本人の「心の支え」があると見ている。

戦争に負けた終戦後でも、まだ、日本には以前の文化、習慣が残っていて、両親や大人や高齢者がそれを子供たちに教え伝えた。例えば、食事の仕方、挨拶の仕方、言葉遣い等である。また、童話や民話を読み聞かせたり、童謡を歌って教えてくれた。余裕のある家庭では、百人一首で歌を覚えさせたり、お茶やお花や礼儀作法を習わせたり、お祝いには着物を着させて日本文化を教えたりした。

江戸時代や明治時代も西洋文化を取り入れたが、その根底には日本文化がしっかりとあり、必要なものを取り入れるが、大事なものは変わることがなかった。
しかし、今の日本はその土台までも崩れていっているように見える。若者の中には、日本もアメリカの一州になればいいなどと言う者もいるという。

日本には以前、仏教、神道や儒教の教え等があり、それが日本文化の根底に流れ、日本人の心の支えになっていたと考える。
今、その心の支えが無くなってきており、これが最大の日本の問題だと考える。日本人の歩く姿、食べる姿等を見るとそれが見える。心の支えがあると見る外国人と比べると、寂しくなる。
外国では、宗教が心の最後の支えになっていると思う。宗教を信じなくとも、無神論者だといっても、最終的にはキリスト教や仏教やイスラム教の教えが心の支えになるはずである。だから、大抵の外国人には心の支えがあるはずである。

日本人も、最終的には神道、仏教や儒教の教えに最終的な心の支えとなるはずだが、この最終的な心の支えである神道、仏教や儒教の教えの影が急速に薄まっており、人によっては完全に消滅していることが問題なのである。
多くの若者や忙しく働く労働者が、生きることや生きる意味、働くことや働く意味に迷っている。だから色々な犯罪や問題を起こすことになる。しかし、家庭も大人も学校も誰も教えてくれない。昔のように老人が知恵を貸してくれることもなくなってしまった。国も社会も人を効率よく使うことに専念するから、個人のことなど構う事はない。高齢者になって、年金暮らしになるとわかるが、国や社会は人を労働力として扱っているのである。よほど注意しないと、国や社会に振り回されてしまうことになるだろう。

日本人として、心の支えがないと危険でもある。オーム真理教を考えればいい。この教団が一つの心の支えを提供したので、信者が増え、教団ができたのである。正しい心の支えになるものを提供しないと、大変な事になるということである。

合気道の稽古人の最終的な心の支えは、宇宙を創造し、生成化育を続けている一元の大神の心であるはずである。合気道の修業の目標は、宇宙の営みに則った技を錬磨することによっての宇宙との一体化である。そして宇宙との一体化によって、また、その過程で、宇宙楽園建設への生成化育を阻害するカスを取り去ることである。
これは最終的、究極的な合気道家の心の支えであるはずだが、ちょっと難しいかも知れないが、これを心の支えとして、この目標を失わないよう、間違わないように、目標に向かって進むことが合気道の修業であり、そして生きるということになると考えている。

別の分野の人は、別な心の支えがあるはずだが、誰もが心の支えを持ちたいものである。