【第640回】  天之御中主神になる

『武産合気』『合気神髄』を読んでいると、かって大先生がお話になっておられた時と重なることがある。読んでいる文章と大先生の言葉が重なるのである。当時は、合気道を始めてまだ4,5年だったので、大先生のお話はほとんど理解できなかったし、(不謹慎にも)あまり興味もなかった。これはどの先輩たちもいう事であるが、あの時、大先生の話をもっと真剣に聞いておけばよかった、という事である。そしてそのつけが今まわってきたのである。

大先生は、「人はみな天の浮橋に天之御中主神になって立たなければなりません」と言われていた。確かに、お先生が道場にお見えになると、稽古人でも見学者の誰もが、大先生に目と気持ちが引き付けられてしまい、そして大先生に何かをしようとか、逆らおうなどという気持ちはなくなってしまい、只、お話を聞き、演武を拝見し、少しでも解ろうとするだけだった。
偶に、大先生は気に入らない事があれば、烈火の如く怒られ、道場中が震え上がったものだ。しかし、お話も、お叱りも、例外なく後味は悪いモノではなく、ためになり、納得いくものだった。

大先生は、道場で天の浮橋に天之御中主神になって立たれていたわけであるが、他の場所、いやどこに行かれても、その場の天之御中主神になられたはずである。武道講習会、武道大会、宗教団体の会合、政治家の集まり、芸能人やスポーツ関係者との交流等‥で常に天之御中主神であったはずである。

天の浮橋に立つとは、顕界と幽界の境、見える世界と見えない世界の間に立つということだと考えるが、問題は天之御中主神になることである。
天之御中主神になるとは、「宇宙そのものとひとつになること、宇宙の中心に帰一する」(『武産合気』P.32)ことであり、これは真の武道が求めるものなのだという。大先生はこの真の武道である合気道を会得されたことにより、どこでも、いつでも天之御中主神になることができたわけである。
また、「真の武とは相手の全貌を吸収してしまう引力の鍛練です」(『武産合気』P.32)とあるように、真の武を身につけられた大先生は、すべてのものを吸収してしまう強大な引力を身につけられ、強力な引力を有する天之御中主神になられたわけである。

それではわれわれ凡人が天之御中主神になるにはどうすればいいのかということになる。
まず、道場で天之御中主神になるとしたら、真の技がつかえる事、宇宙の営みに則った技づかいをすることである。宇宙との一体化である。これによって強力な引力が身に着くはずである。自ら己の技を見せようとしなくとも、後進達の目を引き付けるようになるはずである。また、このためには、合気道の目標でもある、真善美の至真至善至美も技と性に兼ね備えていなければならない。しかも、これは天の浮橋に立たなければならないから、見える次元だけでなく、見えない次元においても天之御中主神でなければならない。

道場以外で天之御中主神になって立つためには、この合気道の修業で会得した宇宙との一体化、強力な引力、至真至善至美で話をし、行動すればいいと考える。