【第634回】 理で更に手をつくる

合気道で錬磨する技は、主に手で掛ける。手は大事であり、手がしっかりしていないとか、手をしっかりつかえなければ技は効かない。
手がしっかりしているというのには、二つの意味があるだろう。
一つは、手そのものがしっかりしていること。
もう一つは、そのしっかりした手を、しっかりつかうことである。

初心者の手は死んでいる。気(生命力)に欠けており、歪んだり、曲がったり、折れたりしている。手は刀のようにつかうわけだから、名刀のような手にしなければならない。しかし残念ながら、注意しても、なかなか真っすぐならない。これでは、出した力が己に戻ってしまい、技は効かない。
初心者は日常生活での手で技を掛けようとしているわけである。

手がしっかりしていないのは、準備運動の時にも現れる。準備運動で手がしっかりしていなければ、技にならない。ということは、準備運動でも、しっかりした手になればいいということになる。準備運動でもしっかりした手になれば、技も効いてくる筈である。

しっかりした手とは、名刀のような手である。所謂、手刀である。手は刀としてつかえるように、しっかりしなければならないのである。
手とは、手先から胸鎖関節までの長い手と、手先から肩まで、手先から肘まで、手先から手首までの四本の手(刀)になる。

そのためには、手首、肘、肩、胸鎖関節を柔軟で強靭にしなければならない。そのため、十字の理に合った鍛錬をすればいい。
手首を、親指を上、小指を下の縦にすると、手の平は手首を中心に横に動きやすいから、横に伸ばす。次に、肘を中心に肘から手先までの手刀は、縦に。肩を中心に肩から手先までの手刀は横にも縦にも動くから、縦横十字の円で動くようにする。最後の胸鎖関節を中心に、胸鎖関節から手先までの手刀は横に動くようにする。胸を開いたり、閉じて鍛えるのである。

手を名刀のように、歪まず、曲がらず、折れないようにするためには、気(生命エネルギー)を通したり、満たさなければならない。気が難しければ気持ちを入れればいい。

初めは、気を入れるために、息でやればいい。イクムスビの息づかいのイクムで、息を出し、引き、そして出し切り、それに合わせて気を出していくのである。

この息づかいで、手先から気が出るように感じられれば、手は名刀になっているはずである。後は、この名刀の手のつかい方である。
その基本は、手先と腰腹を結び、腰腹で手先、肘、肩、胸鎖関節を支点とした手刀をつかうことである。手先を先に動かしてしまうと、手は必ず折れ曲がってしまうから注意しなければならない。

更にもう一つの基本は、手先は身体の中心線上を動き、中心線を外れない事である。つまり、手先は常に顔の前とその中心線上にあるのである。

また、手は身体では最後につかわなければならない。つまり、先ず、腰腹、次に足、そして最後に手という順である。初心者はこの逆の順で体をつかうので、上手くいかないわけである。

これまでは、まだ身体の魄によるところの、しっかりした手のつかい方であるが、更に、息で手をつかうことである。息で気を通し、息で体をつかい、技を掛けるのである。ここまでくると手は大分しっかりしてくるようになるし、しっかりつかえるようになるはずである。

勿論、これでいいということはない。手を更にしっかりさせ、手をしっかりとつかうには終りはない。いつまでも修練していかなければならない。
諸手取り呼吸法で鍛えたり、鍛錬棒を振るなどもいいだろう。