【第630回】 おへそと引く息

体力や腕力の魄の稽古をしている内は、息づかいを気にしないし、息づかいの重要性に気づず、そして息を上手くつかえない。相対での形稽古では、息づかいがどうであれ、大体は相手が倒れてくれるので、息のことなど考えないし、気にしないのであろう。
しかし、先に進むためには、息のつかい方を身につけなければならなくなる。
例えば、昇段審査にもある、太刀取りや太刀捌きは、息づかいを間違えればできないものである。ある程度のレベルに達した稽古人は、太刀捌きがどうして上手くいかないのか悩み、どうすればいいのかを研究するはずだが、そうでない初心者は息づかいを無視してやっている。あれでは切られに行くようなもので、見ているこちらの方がはらはらしてしまう。

魄の稽古をある程度やったら、これまで言って来たように、今度は息で技を掛けるようにしなければならない。イクムスビの息づかいで掛けるのである。手足の体を息で導いて技にするのである。
太刀取りはこの息づかいでやらなければ上手くいかないはものである。
具体的に息をどのようにつかうかというと、

  1. 相手に気(気持ち、心)をぶっつけ、イーと息を吐く
  2. クーと息を吸い込みながら相手の側面や後ろの間合いに入身する
  3. ムーで息を吐いて、相手を打つなり、切るなり、また、相手の得物を抑える
ここで特に重要なのが2の引く息である。この引く息で相手の死角(安全で、相手を制することが出来る箇所)や弱いところに自由自在に入れるのである。初心者はこの2のところの息を、吐きながら入っている。相手も息を吐いて打ったり、切ってくるわけだから、お互いが息を吐くので、息と気持ちがぶつかり合ってしまい、相手の死角に入れないのである。

引く息ができるようになると、間合いが遠かろうと近かろうと関係なく相手の死角(領域)に入ることができるようになる。また、相手が強く、早く打ってきても、それに関係なく、相手の死角いに入ることができる。引く息は自在なのである。大先生は、「引く息は自由」であるといわれているのである。

しかし、引く息をつかうためには多少の鍛練が必要だ。何故ならば、この息は、只、息を吸えばいいのではなく、弓を引いたり、剣を振り上げる際のように、息を大きく、そして自由自在に(止めたり、更に吸ったりと)吸い込まなければならないからである。そのため、金魚のように、口先だけで息を吸うのではなく、胸中に息を満たすようにしなければならない。
胸中に息を吸い込むためには「おへそ」(臍下丹田、四海丹田)をつかわなければならないのである。この「おへそ」が大事なことを大先生は、「すべて世の中のことはひびきであります。おへその中から出てくるのです。舞い上がってくるのです。四海丹田に宇宙を結んでいくのです。(合気神髄 P.29)」と云われているのである。
この「おへそ」で息を吸い込んだり、ムーで息と気を集めるのは容易ではないから、稽古で身につけていかなければならない。

先ほど、太刀取りは息を吸い込みながら相手の死角に入らなければならないと書いたが、これは、太刀取りだから特別な息づかいをしているわけではない。普段の基本の形稽古でもやっている息づかいなのである。例えば、正面打ち入身投げも、同じ息づかいで入らなければ、出来ないものなのである。だから、正面打ち入身投げで正しい息づかいができれば、太刀取り・太刀捌きも、その程度にできるわけである。また、徒手でできなければ得物でできるわけがないのである。先ずは、正面打ち入身投げを、特に2の引く息に重点を置いてやるのがいいだろう。
つまり、最初に書いた、体を息で動かして技をつかうということになるわけである。

余談ではあるが、この引く息、息を吸い込む稽古は街を歩いていても出来る。新宿や銀座などの人通りの多い道で、対向者とすれ違う際に息を吸うと、相手とぶつかることなく相手の後ろに進めるはずである。